こんぺいとうコンサート 宮﨑邸

2012年11月12日

 昨日、こんぺいとうコンサートin宮﨑邸が無事終了した。宮﨑邸でのコンサートは3回目になるが、今回は特に申込が殺到、最後の2週間くらいはかかってくる電話を断るのが大変なくらいだった。最終的に91人の参加で、さしもの宮﨑邸の座敷も人がぎっしり。
 始まる前、宮﨑さんと、手伝ってもらう鈴木道夫さんと3人で駐車場の整理をしたが、時間前に3つの駐車場が満杯に。おまけに、板倉市長が踊りの発表があったとかで、紋付和服姿で駆けつけてくれる。
 定刻に開会。初めに挨拶に立っていると、折悪くポケットの携帯が鳴りだす。あわてて電話を切って、少し話し出すも再び・・・・。これですっかり調子が狂い、考えていた話がほとんどできず、市長にバトンをわたして、挨拶してもらう。しかし、後で聞くと、このハプニングがあったせいで、座の空気がすっかりなごんだというか、皆さんの緊張感のようなものがなくなったので、かえって良かったといわれる。
 こんぺいとうの演奏は、歌とオカリナが主で、パンフルートはほとんど用いず。それでも、今日のお客さんはノリがよく、非常にうちとけて、楽しい演奏会になった。
 心配されていた雨も、イベントが終わり、皆が帰途につく頃、ようやくぽつぽつと。
 全部終わってから、岡田さん、前田さんと、近くの「ミモザ」で食事。岡田さんと私はビールを飲むが、エビスの生ビールでうまいビールだった。
 準備段階では、雑用が多く、もう今回で最後にしようという話も出たが、やはりこれだけ多くの人に喜んでもらえると、年に1度くらいは宮﨑邸でのイベントはやった方がいいのかなと思う。 

電力関係者を排除して、何の意見聴取会か

2012年7月23日

 将来の最適な電源構成を模索する目的で開かれている政府の意見聴取会で、意見を発表した中に電力会社の社員がいることがわかり、「やらせ」との批判が出て、結局、電力会社や関連会社の社員による意見表明を認めない方針を決めてしまった。

 自ら職業(電力会社社員)を名乗ってから個人の意見、あるいは職業人としての意見を表明したのが、どうして「やらせ」呼ばわりされなければいけないのか。原発に代わって自然エネルギーの開発・利用をもっと推進すべきという意見があってもいいし、逆に現状では経済性、安定性の観点から原発に代わるエネルギー源はまだないという観点から、しばらくは現状程度の原発に依存せざるを得ないという意見が出てもいい。多様な意見をたたかわせたり、いろいろなシミュレーション、想定、エネルギーとわれわれの生活スタイルといった問題を、みんなで考えていくのでなければ、こんな意見聴取会、何の意味もないではないか。それとも、意見聴取会とは名ばかり、最初から「脱原発」という結論ありき、「脱原発」という一方向へ強引に持っていくためのアリバイ工作として、開いているのか。

 なんだか、脱原発ファッショみたいな雰囲気になってきた。

プロ野球選手会に拍手 WBC不参加決定

2012年7月20日

 NHK夜9時のニュースで「プロ野球選手会がWBC不参加を決定」を報じていた。

 WBCの運営があまりにも米大リーグに有利になっていて、このままでは将来の日本のプロ野球のためにならないというのが理由だという。収益金のようなものの分配が圧倒的に大リーグに行くようになっているようで、大リーグ側の言い分として、出場全選手に保険をかけるなどのコストも引き受けているので、必ずしも不公平ではないという言い分も紹介されていた。また、加藤コミッショナーの、「WBCに対するファンの期待を裏切るな」といった、選手会の決定に対する批判めいた談話も発表されていた。

 しかし、公平か不公平かは参加各国の野球関係団体の総意で決められるべきで、報じられた内容が事実だとすれば、これに日本側が不満を持つのは当たり前、後は、コミッショナーをはじめとするWBC運営に関わるリーダーたちがどれだけシビアに相手側と渡り合い、日本側が納得できる内容まで改善させられるかどうかの問題だ。

 そもそも、政治や外交の世界でも、スポーツの世界でも、日本がルールづくりにきちんと参加できず、アングロサクソン国にルールを決められたり、強引にルールを変えられたりといったケースが多すぎる。スキーのジャンプで日本勢がメダルを総なめにした頃、突如としてスキー板に関する国際ルールが変えられてしまい、その後日本勢は鳴かず飛ばずとなってしまった例など、日本ではルールづくりの交渉に当たるリーダーたちがだらしないから、一生懸命頑張っている選手たち現場の努力に報いることができないでいる。

 WBCの場合も、コミッショナーたちは、自分たちのふがいなさから、選手会がこのような決定をするまでに至ったことを認め、猛反省し、大リーグ勢と毅然として、非妥協的に交渉し、日本の「国益」を守る外交交渉に当たるべきだ。それができないリーダーは、全員辞めればいい。

 後から、下記のブログを発見。プロのスポーツ記者の目でこの問題をとらえている。
 http://dezakia.iza.ne.jp/blog/entry/2766143/

今月一杯で撤退する2つのお店

2012年7月15日

 今日、立ち寄った2つの店で「7月一杯で閉店します」との知らせを聞いた。

 一つは、内野ショッピングセンター内の山本書店。こういう町中の昔ながらの書店というのは、見るからに経営的には厳しそうで、われわれもついつい便利さに惹かれて、欲しい本をネットで見つけて、そのまま注文、1~2日後には家に配達してもらえる等の方法をとってしまい、近くの本屋さんから本や雑誌を買うということが少なくなってしまった。数年前には西の原ショッピングセンター内の書店が閉店となったのに続いての、書店閉店で、時代の流れとはいえ、寂しい思いがする。

 もう一つは、その西の原ショッピングセンター内で最後まで頑張っていた「ヘアーサロン西の原」。ここは、ショッピングセンターそのものがURの言う「暫定施設」ということで、この3月に閉鎖となった。しかし、その後もキーテナントだった「コモディイイダ」とこの「ヘアーサロン西の原」、それにみずほ銀行のATMだけがその後も営業を続けていた。コモディイイダ西の原店は6月15日をもって、高花店とともに撤退していき、残るはこの「ヘアーサロン西の原」のみ(ATMはそもそも無人だから)となっていた。
 
 ヘアーサロン西の原の藤巻博社長は、ショッピングセンターからの立ち退き交渉の内容に納得がいかず、ずっとUR(千葉ニュータウンセンター)側と交渉してきたが、ついに矢折れ、力尽きた感じだ。

 今回の「暫定施設」の廃止と、そこで営業してきたお店の問題は、千葉ニュータウン事業を抱えるこの街に突きつけられた大きな「喉に刺さった棘」だといえる。ことここに至っては、単にURや千葉ニュータウンセンターの「非情さ」を責めるだけではダメで、むしろこういう問題を市のまちづくり全体の中でとらえ、撤収を迫られているお店と一緒に解決策を考える市政、そして住民運動でないと、これから先この街はかなりヤバイのではないかと思う。今のところ、市の行政、議会、住民のどのレベルでも、あまり深刻にとらえていないようだが、そのこと自体かなり深刻なことではないか。

 何の慰めにもならないかもしれないが、今月中にヘアーサロン西の原に散髪に行こうと思う。

醜い候補者、醜い支持者

2012年7月6日

 印西市長選が過熱気味である。昨夜も、ある会合に出ていたら、突然市長選に立候補している2人のうち、片方が入ってきて選挙では自分に投票をと呼びかけていた。まあ、選挙戦たけなわだからワラにもすがりたい気持ちはわからないこともないが、選挙とか政治とかは一応持ち込まない建前になっている団体の会合に突然入ってきて、自分が今夜の主役であるかのような振る舞いで演説を始める神経には首を傾げざるをえない。
 おまけに、話す内容が政策的な訴えというより、相手候補への個人攻撃オンパレードで、聞く方は迷惑この上ない。
 われわれ一般人からすると、選挙に出る人というのは、「税金から給料をもらい、税金を使って仕事をする」身分をめざして、真剣に就活をしている受験生のような者で、当選しようとしまいと、われわれ有権者(納税者)とは、そこが決定的に違うのである。だから、議会の中でのドンパチや選挙戦でのブッタタキ合いは、「税金で養われる」者同士の争いであり、われわれ「堅気の衆」をまきこまずにやってもらいたい。厚かましくも、われわれの会合に出てきて、「税金で養われる」者同士の、われわれからみえば「同じ穴の狢」同士の喧嘩を報告するには及ばない。相手候補の悪口を言って、「堅気の衆」の同情を買って、それを票につなげようなどと惨めったらしい振る舞いは見たくない。

印西市長選公開討論会

2012年7月1日

6月23日「印西市長選立候補予定者公開討論会」を小紙主催で開催しました。
 
 ここで、少し(大幅に?)遅くなりましたが、公開討論会を開催した時の思いというか、狙いのようなものを整理しておきます。

 6月23日、小紙が中心となり「実行委員会」方式で印西市長選公開討論会を開催した。
 定員150人といわれる会場には、明らかにそれ以上の人たちが詰めかけ、山﨑、板倉両候補の市長選に向けての政見表明に熱心に耳を傾けた。
 今回の討論会で心がけたのは、会場に来られた多くの方がなるべく冷静に、公平に両候補の話を聴くことのできる環境を提供することであり、それに徹しようと思った。「雑音」は極力排し、自分の目と耳だけで両候補者の主張、姿勢、人柄までを見取って、その判断を7月8日投票用紙に反映させるのを理想と考えた。
 両候補者には、当日話していただくテーマ(設問)を予め提示し、それぞれ準備をしていただいた。お二人とも、用意してきた原稿を読み上げる時間が多く、また質疑応答の時間を設けなかったこともあってか、来場者からは「物足りなかった」「質疑応答があった方がよかった」「突っ込み不足では?」といった声が、アンケート用紙に書かれていた。
 これらの声は事前に予想していたことであり、このような感想が出てくるのはよく理解できる。
 しかし、今回の討論会を企画しながら考えていたのは、最近はむしろ選挙が「騒がしすぎ」「ツッコミすぎ」なのではないかということだった。いろいろな情報が氾濫し、結局のところそうした情報に影響されて、皆の投票行動が過度に一定の方向に「誘導」されることがなかったといえるだろうか。例えば、2005年の郵政選挙、2009年の「政権交代」選挙等々・・・・。
 人口9万人の市の首長選挙は、国政選挙とは違うといえば、もちろん全然違うが、それでも氾濫する種々雑多な情報が、有権者の健全な判断力を曇らせる傾向がないとはいえないだろう。
 少なくとも、日頃顔を見かけたり、何かのイベントに来賓として顔を出したりという身近な存在が市長の座を争う選挙では、有権者は直接(メディアを通さず)、自分の目と耳で候補者の考えや人柄に触れ、自分なりの判断(好き嫌いを含めて)を下すことができるのである。そして、公開討論会というのは、その意味で絶好のチャンスなのであり、なるべく余計な「雑音」「解説」「ボケ」だの「ツッコミ」だのを入れずに、有権者が候補者の声や表情に直に触れることを重視した。
 「物足りない」「突っ込み不足」等々の残念さを晴らす機会は、公開討論会以外にいくらでもあるだろうから。

成田山門前町のフレンチ

2012年6月25日

昨日、気晴らしに成田山方面へドライブし、門前町の一角にあるフランス料理の店「ル・タンドール」というところへ入った。

二人で1200円と1500円のランチを注文したが、実際に卓に出てきた料理の内容からすると安い、非常にお得感のある内容だった。前菜とともにパンが出てきて、その後もタイミングよくお代わりのパンをもってきてくれる。一口食べて、口の中に奥行きのあるうまみが広がる。このパンに始まり、メインである鯛の料理、デザートまで、どれもおいしかった。

店内の雰囲気もいい。

案内のパンフレットには、昭和2年に洋食店「金時」として創業、平成16年にフランス料理店としてリニューアルオープンしたとある。「ル・タンドール」とは、そのまま「金の時」の意味。店の場所は、JR成田駅から新勝寺に向かう門前町、「なごみの米屋」の大きな店の近く(成田市上町507-2)。

写真提供

2012年6月18日

前項6月15日に行われたコモディイイダ高花店の「閉店式」の写真を、この時現場に立ち会った知人が提供してくれましたので、遅まきながら、そのうち何枚か掲載します。

「閉店式」を企画した玉木さんから店長へ感謝状が手渡されます。

住民の方々もスタッフ一人一人に花束を贈呈。

最後にみんなで記念撮影。なごやかな雰囲気が写真から伝わってくるようです。

ちょっと感動する話

2012年6月16日

昨日(6月15日)、22年間にわたって周辺住民の日常的な買い物需要に応えてきたコモディイイダの西の原店・高花店が閉店した。URのいわゆる暫定施設「西の原ショッピングセンター」が3月末を持って廃止となったことから、同ショッピングセンターの中核テナントだったコモディイイダ西の原店も閉店を余儀なくされ、これに伴って兄弟店としてやってきた高花店も同じ日に閉店となったもの。

ここまでは、これまで何度か繰り返されてきた商業施設の撤退・閉店の話に過ぎないのだが、少し違うのは高花店では朝9時に周辺の住民がこれまでのお店のスタッフの労をねぎらうとともに感謝の気持ちを表明するセレモニーが行われたこと。スタッフ全員に住民代表が花束を渡したのだが、渡す方も受け取る方も次第に感極まり、涙の授与式となったようだ。

私は、事前にこのセレモニーの話を聞いて、その時間駆けつけて取材をさせてもらうつもりでいたのだが、市長選立候補予定者の駅頭での朝の挨拶風景を取材していて一段落した後、気が抜けたというか、ホッとして、失念してしまった。アッと気がついた時はもうその時間は過ぎ去り、セレモニーが終わった後だった。

というわけで、現場に立ち会うことはできなかったのだが、近頃にない感動的な場面を目撃するチャンスを逸して、実に惜しいことをした。自分は現場に立ち会うことはできなかったとはいえ、後でセレモニーに多くの人が参加し、皆がコモディイイダの店長やスタッフたちに感謝し、心から別れを惜しんだと聞いて、心温まる思いがした。

大飯原発再稼働

2012年6月10日

「決められない政治」の代表みたいな野田佳彦首相が(というか、民主党政権になってから)初めて「一国の政権担当者らしい」決断をした(遅きに失した感はあるが)。

「原子力がエネルギーの3割を占める日本で、原発ゼロでは国が立ちゆかない」という判断は、前首相こそがどこかの時点で言うべきだった。当たり前すぎるくらいの判断であり、このまま「脱原発」とやらを真に受けて、夏場はおろか、日本全体が行き詰まってしまうことは明らかだった。

今ある原発は、いまできるだけの安全性を確認してから、逐次再稼働させていき、「脱原発」をしたければ、その間数十年をかけて、国民生活や経済がエネルギー不足で立ち往生する事態を避けつつ、徐々に「理想」をめざすしかないのであり、大飯原発その他の原発を再稼働させるか否かは、「脱原発」とは何の関係もない、現実の世界での冷厳な判断に委ねるべきである。

原発というのは、たとえ今すぐ止めても、その後数十年は中の燃料を冷やし続ける必要があり、実際問題として「脱原発」が可能になるのは、その後の話である。また、自然エネルギーは、日照とか風向きとか、自然現象頼りであるので、太陽光発電所や風力発電所を作る場合、それと同じだけの規模の火力や水力発電施設を作っていく必要があるそうで、代替電源としての「気まぐれ性」は如何ともしがたいようだ。

夢を追うのは結構だが、夢と国民生活とを天秤にかけるような議論は、いい加減終止符を打ちたい。