2012年1月 のアーカイブ

千葉ニュー・フィル

2012年1月22日 日曜日

千葉ニュータウン・フィルハーモニー・オーケストラの第13回定期演奏会が白井市文化会館で行われた。ボロディン「中央アジアの草原にて」、チャイコフスキー「バイオリン協奏曲」、ブラームス「交響曲第1番」という構成。だいたい半年に1度定期演奏会を開催、その都度大曲を仕上げて臨むというのは、アマチュアのオーケストラにとって大変なことであるに違いないが、毎回見事にそれをこなしているのに感嘆する。

正確なところはよくわからないが、こういう曲を取りあげて、数百人の聴衆の前で演奏すること自体が、オーケストラとしてかなりの実力なのだろう。若い頃、国内外の有名、無名のオーケストラをよく聴きにいったが、その頃の国内の二流どころのプロのオーケストラと比べて、それほど遜色のない音を出しているのが、今のアマチュア・オーケストラなのでは、と思う。

印西クリーンセンター建替問題で露わになった、地域リーダーたちの失語症

2012年1月20日 金曜日

印西クリーンセンターの移転・建替え問題で、組合の管理者(各構成市町の市・町長)側の説明に住民から大きな疑問符が突きつけられている。小紙でも、12月、1月号において、この問題に取り組んでいる住民からの寄稿を掲載する形で、みんなでオープンに問題を考えようとしてきた。

この問題では、昨年夏以降何度か組合の管理者および担当者が出席して、住民に経緯を説明する場がもたれてきたが、住民を納得させるところまでいっていないようであり、率直に言って、組合側が説明をすればするほど住民の疑問、批判の念は強まっている感さえみられる。

説明会での組合管理者と住民のやり取りを見ていると、そもそもこうした形で住民の疑問や批判に対して、きちんと答え、説明し、説得するだけの能力を、この地域の首長や保守系の議員たちがもっていないのではないかと思わざるをえない。彼らは、議会という一種の密室の中で、住民の多くが気づかない状況で、一種のセレモニーとして議案や予算を通すというやり方しか知らない人たちなのではないか。だから、今回のように住民の多くが問題に気づき、正面から疑問や批判をぶつけるようになると、答えにならない答え、説明にならない説明を繰り返すしか、能がない実態をさらけ出すことになる。

このような見方を裏づけるものとして、過去に私が経験した、あるシーンをここに記しておく。

その日、千葉ニュータウンを構成する(ということは、印西環境整備事業組合の構成員でもある)、ある市議会の特別委員会に、ある重要な案件がかけられ、出席議員が次々に立ち上がって意見を述べていた。しかし、どの議員も執行部の出した議案に反対意見を表明し、賛成意見を述べる議員は皆無という状態で委員会の審議は進んでいった。

ところが、である。

最後に議事を進行させていた委員長が採決したところ、なんと、それまで全く発言していない議員がぞろぞろと立ち上がり、結果、執行部の提案どおり賛成多数で議案は「粛々と」採択されてしまったのである。

??? いったい、今までの議論は何だったのか。

賛成した議員たちは、自分たちが「数」において優勢なことを見越して、反対議員たちに意見を言わせるだけ言わせた上で、採決の時だけ議員としての「沈黙の意思」を表明したことになる。なんとも見事というか鮮やかというか、はたまた議会と住民を完全に愚弄した議事運営、議員活動というべきか・・・・。

ここにあげたのは極端な例であり、そう滅多に見られるケースでないのはもちろんである。

しかし、この地域の(いや、全国どこでも地方の議会など似たり寄ったりなのかどうか、それは知らないが)議会や行政の現場が、建前はともかく本音ベースではかなり徹底した議論嫌い、説得や説明を面倒くさがり、住民に情報を知らせることに臆病で、できれば住民の多くが十分な情報を得て判断する前に、そそくさと形式を整え、コトを運んでしまおうという志向が相当に強いことは、私自身多くの場面で感じてきた。

かくいう私自身、相当保守的な人間であり、人種的にも「革新系」と呼ばれる人たちよりも、「保守系」あるいは「保守的」と呼ばれる人たちに対して、より親近感を抱く性行が強いことを意識しているが、しかし地域の現実的な問題への取り組み、意識の向け方を観察していると、とてもではないが「この地域の」保守系の人たちと一緒にはやれないという気分をもっている。実際に地域で出会う、いわゆる「保守」と呼ばれる人たちが、あまりにも地域の問題や実際の政策について不勉強で無神経なようにみえるせいだと思う。

冒頭にあげた事例でも、次々に立ち上がって執行部の出した提案に反対意見を述べたのは、ニュータウン系の議員であり、その多くは、いわゆる「市民派」と呼ばれる議員であった。

中小企業振興条例

2012年1月19日 木曜日

昨日、白井コミュニティセンターで、中小企業家同友会・鎌ヶ谷白井支部の例会があり、川西洋史・同友会事務局長が「中小企業振興条例が果たす役割」について講演があるというので、出席した。

講演が終わると、各テーブルに分かれてグループ討論をやるのだが、そこで出た話は「条例を作っても、その後担当者が変わったりすると機能しなくなるケースが結構みられる」という話だった。いかにも、ありそうな話であり、行政としてはどちらかといえば面倒くさい話なので、担当者が変わったり、首長が変わると、条例制定当時の熱気は失われ、条例には素晴らしい条文が書かれているのに、宝の持ち腐れとなるおそれは十分あるだろう。

話を聞いているなかで感じたのは、地域の中小企業の振興を図るなどというのは、行政運営のなかでもかなりの意欲と企画力、実行力を要する部分であり、特に印西市のような行政を見ていると、条例を作ること自体にも、また条例ができた後でも、積極・消極双方の無数の抵抗に遭うだろうことは想像に難くない。

そこで、考えたのは、そのような、いわば行政の中枢神経的な部分に期待するのではなく、行政の自律神経的な部分に組み込んでしまうということだ。行政が、中小企業の振興を図る観点から、いろいろなことを考えたり、実行する以前に、行政が日常的にやっている仕事の中に中小企業振興策を組み込む。要するに、行政の調達行為の中に、「地域の中小企業でできる仕事は、外へ発注せずに、地元の中小企業に発注する」という「決まり」を組み込むのが最も効果的で、担当者や首長が何を考えようと、考えまいと、確実に実施される振興策となるのではないか。

そのためには、議会や住民の理解を十分得ることが必要だが。