市町村合併 第2ステージ
【印西市・印旛村・本埜村】
合併懇談会を開催
 月刊 千葉ニュータウン2008.11.8号

 印西市・印旛村・本埜村の1市2村による合併問題を議論する第1回懇談会が10月24日午前10時から印西市役所大会議室で開かれた。

 最初に3市村の首長が挨拶し、この中で山ア山洋印西市長は、合併第2ステージという情勢の中で分権型社会における基礎自治体のあるべき姿を目指す観点から、先に印西・白井・印旛・本埜の2市2村の首長会議が開催されたこと、その中で白井市は前回の住民投票の結果と、12月に新しい市長に代わるという状況を踏まえて現段階では参加できないとの立場が表明されたことから、1市2村での協議を行っていくことになった経緯が説明された。
波乱の幕開け 

 会議では、懇談会の設置、会則等が議題に上っていたが、議事に入る前に、小川利彦本埜村長が前日山ア山洋印西市長らに「合併について」と題する手紙を送ったことが明らかとなり、小川氏が懇談会の開催に先だってこのような手紙を出した真意≠確かめることになった。
 小川氏は概略、@本埜村は財政面で安定しており、自分は合併の必要性をまったく感じていない、A合併しなければ解決しない問題はない、B1市2村の合併には、合併効果がない、C今の印西市の行政サービスを受けるために、100年も続いた村を無くし、都市計画税を支払うことは、多くの村民の同意を得られない、D現在、本埜村民には早期に合併しようという熱意はない(合併の利益が見えないから)などの点をあげて、現在の合併特例法で定められた平成21年度末という期限を区切った懇談会を開いていくことに否定的な見解を示した。

 これに対して出席者から、本埜村は印旛村とともに18年11月に印西市の市長と議会に対して合併の要望書を提出しているが、この要望と小川村長の今の発言とはどのような関係になるのかといったことについて問いただされた。

 これに対して小川村長は、昨年4月の印西市議会選挙、今年7月の印西市長選で合併が争点となっていないことから、この問題は自然消滅したと解釈したなどと答えた。

 その後用意された議題に入り、懇談会の設置については出席者の同意が得られたが、規約については、懇談会のめざす理念、目的を規約に盛り込むべきとの意見などが出された。これらを受けて、3市村の首長による話し合いがもたれたが、一度それぞれの市村に持ち帰ることとなり、第1回懇談会を終了した。 
 
第1回合併懇談会。コの字形の座席・左から印西市、本埜村、印旛村の各関係者。

合併公約は村長に当選するための単なる方便でした?
それじゃダメじゃん!!

 
 10月24日開催された印西市・印旛村・本埜村の第1回合併問題懇談会での小川利彦本埜村長の発言は、氏が村長に当選して以来初めて見せた「本音」であったかもしれない。

 2年半前に彼を村長に選んだ本埜村民、そして1市2村での合併について本格的な検討を始めた印西市、印旛村の首長、議会関係者たちは、しばらくの間小川氏の「公約」と「本音」の狭間で翻弄される日々が続きそうだ。

 小川氏は、平成18年3月の本埜村長選で「合併具体化」を最優先公約に掲げて当選した。そして同年11月には、印旛村とともに印西市に対して1市2村での合併を推進するよう要望している。

 しかし、第1回懇談会の前日になって突如山ア山洋印西市長らに送りつけた書簡の中で、小川氏は『具体的に合併の必要性を感じているかというと、私は、現在は、まったく感じておりません』と述べている。

 この2年余りの間で何がどう変わって「合併の必要性をまったく感じない」心境に達したのか。心境が変わったら変わったで、村長選で自分に一票を投じた本埜村民に、そのことを誠実に説明すべきではないか。

 一度は印旛村とともに印西市に合併の推進を要望したが、その後「合併の必要性をまったく感じ」なくなったのなら、その時点で合併の協議相手に対して、要望を撤回するのが、最低限の「礼」というものではないか。
 
「隠れ借金」にご用心! 

  『本埜村は、財政面ではまったく安定しており、誰に聞いても合併せずにやってゆける状態』というのは、村長としての実績≠強調しようとするあまり、いささか誇大宣伝に走りすぎているようだ。そのような認識は村内でもごくごく少数意見であろう。少なくとも小紙は、小川氏以外にそんな脳天気≠ネことを言っている村民に会ったことはない。

 むしろ、村道物木・滝線など懸案プロジェクトが一向に進展しない状況は、短期的には出て行くお金が減り、「財政が好転」したかのような錯覚を与えるかもしれないが、実は計画の遅れによって、将来出て行くお金(隠れ借金)を積み増している可能性を疑うべきである。

 全国的には、バブル期に作りすぎたハコものの維持管理費がかさんで、財政を圧迫している地域が数多くあるのは事実だが、千葉ニュータウン事業が最後の追い込みに入っている当地域では、今のうちに必要なハード面の整備を着実にやっていかないと、後世に支出要因(しかも今度は各市村が自腹≠ナ)を積み残すことになるといった特殊事情が存在することを片時も忘れてはいけない。

 「隠れ借金」の性格、意味合いが、全国一般の地域とは異なるのである。
ツレなくすれば追いすがる 振り向けば拗ねくさる 
 『都市計画税を支払う(デメリット)』『合併の利益が見えない』『慎重な議論なしに合併を進めることに、危惧感を持つ』等々の発言に至っては、合併推進を掲げて村長に当選し、これまでも合併実現のために努力していると主張してきた首長の言としては無責任にすぎるだろう。

 そもそも、小川氏は議会などでつい最近まで『合併のために(本埜村として)やるべきことは全てやった。あとは印西市の決断を待つのみ』と説明してきたはずである。いざ、印西市が決断してくれそうになった途端に、村長自ら勝手な理屈をつけて、合併を進めることに「危惧感」なぞ持たれた日には、本埜村民も印西・印旛の関係者も「やってらンない」ではないか。

 都市計画税を払うことの合意、合併のメリットとデメリット、行政サービスがどうなるかの検討等々は、「合併のためにやるべき全てのこと」の中に入っていなかったのか。

 だったら、今まで小川村長は「合併のために」何をやってきたのか。それとも、上記のような検討や議論は、誰か奇特な人が村長に代わってやってくれるとでも考えていたのか。

 『(合併が)100年も続いた村を無くす』という発言も、一般の村民が口にするのならわからなくはないが、この段階での首長の言としてはナンセンスというしかない。

 地域への愛着、地名へのこだわりなど、住民感情の部分をも尊重しながら、「機能としての行政」をどう新しい経済社会環境に合わせて作り替えていくかということこそ、まさに合併論議であり、「印西市が決断してくれる」までの間、すべての村民が「慎重な議論」を重ねる恰好のテーマだったのではないか。
 
「機が熟さない」のは誰のせい? 

 小川氏によれば、『合併の機が熟する時とは、立派な新市計画案ができ、この案を住民の圧倒的多数の方が賛成する時』とのことだが、そういうものを誰が作るべきだと考えているのか。

 そもそも、五十嵐勇前村長時代に村が行ったアンケート調査では、圧倒的多数の村民が合併を支持しているとの結果が出て、当時からこの地域では本埜村はダントツに「機が熟して」いたはずである。さればこそ、それまであまり「合併」を口にしなかった小川氏も、村長選が近づくにつれて急速に熱心な「合併推進」論者になっていったのではなかったか。当時の本埜村は、合併に不熱心な者が村長に当選することなど、到底考えられない状況だった。

 小川氏が、現在の本埜村が「合併の機が熟していない」と認識しているとしたら、それは村長当選以来、合併気運をむしろ「後退」させてきたことを自ら認めたに等しい。まさに「語るに落ちた」とはこのことである。

 村長当選以来、そして印西市に合併推進を申し入れてからの、この2年余の間にこそ「立派な新市計画案」のための本埜村サイドでの検討、勉強、議論をやってくるべきだったのであり、現在の本埜村で「合併の機が熟していない」としたら、その責はひとえに、この貴重な2年間余を棒に振ってしまった小川利彦村長が負うべきである。

 1市2村の合併について、具体的に検討、議論するという懇談会の各委員には、この地域の特性や地域資源、これまでの経緯等を踏まえ、しっかりした議論を進めていただきたい。

 とりわけ3市村の一角を占める首長たるもの、もう少し真面目にやってほしい。