市町村合併 第2ステージ
合併協議が本格スタート
 月刊 千葉ニュータウン2009.1.10

 印西市、印旛村、本埜村の1市2村は、来年3月末までに合併することを目標に、1月9日には、3市村とも議会で法定協議会設置について審議し、法定合併協議会を立ち上げる見通し。

 16年8月白井市の離脱により、2市2村での合併協議会が廃止されて以来、第2ステージの合併協議がスタートすることになる。
白井は参加せず

 1市2村の合併協議は、昨年10月24日に第1回合併問題懇談会が開かれ、法定協議会発足を前提として検討が進められてきた。白井市にも門戸を開いておく姿勢であったが、横山久雅子・新白井市長が「4年前の住民投票および今回の市長選結果から、22年3月までの合併に向けた法定合併協議会への参加は、市民の理解を得られない」ことを理由に、正式に不参加を表明したことから、1市2村の組み合わせが本決まりとなった。

 1月中にも法定協議会が発足

 18年11月、印旛村・本埜村の首長、議会は印西市に対して、1市2村での合併を要請し、印西市側の態度決定待ちの状態が続いてきた。この間、山ア山洋印西市長は合併問題について態度を明確にすることを避けてきた。

 しかし、その間にも県では市町村合併推進構想の策定により、地域ごとの合併市町村の組み合わせ案の提示、働きかけを行い、市町村に対して合併の推進を促してきた。印旛村、本埜村の議員など関係者からの印西市に対する合併推進要請、働きかけも継続的に行われてきた。

 昨年夏2期目の当選を果たした山ア市長も、こうした情勢をにらみながら、「1市2村の合併が印西市民の理解が得られるためには、新合併特例法の期限である22年3月末までの合併とする必要がある」との認識から、法定合併協議会への移行を前提とした合併懇談会の設置に踏み切った。

 1月中に法定協議会が立ち上げられるにしても、22年3月末まで1年と少ししかない。前回の合併協議では、最後の土壇場で白井市の離脱によって、それまで積み上げられてきた2市2村の協議のすべてが水泡に帰した。今回、その轍を踏むわけにはいかない。

 山ア市長がこれまで2村からの合併推進要請に慎重な態度を示してきたのも、また1市2村の住民の合併にかける思いも、「前回の轍」が大きなトラウマになってきたことは否めず、今回の合併協議はこのトラウマを意識しないわけにはいかない。

注目される本埜の動向 
 昨年10月24日に1市2村の合併懇談会が始まってからの本埜村の動向が注目されている。

 第1回合併懇談会において、本埜村長は「合併の必要性を感じない」「本埜村は合併などしなくても、財政的にやっていける」といった発言を繰り返したが、その後議会から諫められて、合併懇談会の場では大勢の議論の流れに従うようになった。しかし一方では、村内のブロックごとに地区懇談会を開催し、合併推進に水をかける趣旨の文書を配布したり、発言を繰り返す村長に、議会や出席した村民から厳しい目が向けられている。

 本埜村長の言動に対しては、合併相手の印西市、印旛村の関係者にも、不快感や合併協議の前途に危惧を抱く声が絶えない。首長が「合併の必要性を感じない」のであれば、本埜村自ら合併協議から下りるべきであり、このまま合併協議を続けること自体が「失礼千万」な話であり、信頼関係が何よりも大事とされる合併協議にあって、最初から「不信」の中での協議が進められることになる。

 本埜の首長も議会も「合併の必要性」についてきちんと合意してから、印西、印旛との合併協議に参加してくるべきではないかという議論は、1市2村の首長が集まった会合でも、印西、印旛の市・村長から本埜村長に対してその旨申し入れが行われたが、本埜村長はそれをも断ったという。

 このまま事態が進行していくと、「合併の必要を全く感じていない」首長が、イヤイヤ合併協議につき合った°唐ー句、1市2村の首長が合併に合意の調印をする、最後の土壇場で調印を拒否することで、すべてがパーになる可能性も否定しきれない。

 本埜村長が「合併の必要性を全く感じない」まま、合併協議から下りることもせず、このまま法定協議に入っていくのであれば、印西、印旛としては、1市2村の新市建設計画とともに、1市1村(印西+印旛)案も平行して検討を進めるべきとのアイデアも真面目にささやかれている。

 何にしても、異例、異常の合併協議となりそうだ。 
〈合併をめぐるこれまでの経緯〉