印西・印旛・本埜 合併協議
速やかに体勢を整えよ
 タッチ・アンド・ゴー
 
タッチ・アンド・ゴー
航空機の離着陸訓練で、機を滑走路に着陸させてある速度まで減速させた後、速やかにフラップを離陸形態にするとともにエンジン推力を増し、再び離陸すること(航空実用事典)。
 月刊 千葉ニュータウン2009.4.11

開くたびに変則(モトノ)化していく合併協議会
 ヒトラーが独裁を確立していく過程を経験した、あるドイツ人が次のように述懐したそうである――「いくら何でもそこまではやれまい、そんなことは世間が許さない、と思っていたことを実際にやられたとき、何も対抗手段がなかった」。

 ここ数年間の本埜村政の混乱、迷走、そして今回の合併協議をハタから観察していて、上述のドイツ人と同じ慨嘆を、この地域(印西、印旛、本埜)の住民も数ヶ月後に口にすることになるのではないかという心配が拭いきれない。

 3月30日第3回合併協議会で、小川利彦本埜村長は「この合併に対する私の基本姿勢」と題するペーパーを出席委員全員に配った。ペーパーでは、@現時点では、この合併に反対も賛成もしていない、A協議がすべて整った後に3市村で交わされる合併の協議書に調印するかしないかは、村民の多数意思に従うつもり、B住民投票を行って村民の意思確認を行うつもり、といった基本姿勢≠明らかにしている。

 加えて、小川村長は当日取り上げられた、いくつかの議題について「個人的意見」を長々開陳した。言うまでもなく、小川氏は合併協議会副会長という立場であり、当日会議に提示されたすべての案件は、山ア会長(印西市長)、佐藤副会長(印旛村長)とともに、共同提案者の一人である。それが、会議に提出された議案の多くに対して、「個人的に」反対の立場を表明するという、ヘンな協議会が昼過ぎから夕方まで、多忙を極める各委員たちを拘束して延々続けられた。

 誰か、小川氏に「個人的意見」のリクエストでもしたのだろうか。

ハッキリしてないのは村長だけ!?

 どうやら、いずれ住民投票を行って村民の意思確認を行う、それまでは合併協議会副会長という立場を無視して、『合併に反対でも賛成でもない』という、お気楽な「個人的」立場で好き勝手な意見を言いまくるというのが、小川利彦本埜村長の「基本姿勢」らしい。

 まことに非常識ではた迷惑な「基本姿勢」である。

 ペーパーには「8月には本埜村民の意思がハッキリすることを望む」と、意味のよくわからない希望≠ェ述べられているが、こと合併に関する本埜村民の意思くらいハッキリしているものは、世の中にめったにないと思うけど・・・・。

 @ 五十嵐勇前村長時代の平成16年秋に行われた合併についての村民アンケート調査(回収率83%、有効回答5027人、有効回答率98・32%)では、69%の村民が「合併は必要」と答え、また合併する場合の組み合わせとして「印西市・印旛村・本埜村」が有効回答数の70%に上っている。

 A こうした村内の空気も影響があったに違いない、18年3月に行われた村長選では、それまであまり合併のことを口にしなかった小川氏も「早期合併実現」を公約に立候補、見事当選を果たした。

 B 村議会の8名の議員全員が1市2村の合併推進に「不退転の決意」で臨むことを再三表明している。

 C 昨年暮れから今年初めにかけて村内の各集落ごと16回にわたって開催された行政懇談会でも、出席した村民のほぼ全員が合併推進を希望し、合併にハッキリ反対する声はついぞ聞かれなかった。

 合併についての本埜村民の意思はすでに十分すぎるくらいハッキリしているのである。この上何をハッキリさせようというのか。「ハッキリしてないのは、村長、あんただけだ」、圧倒的多数の村民の苛立ちの声が聞こえてくるようだ。

 小川村長がやるべきことは、自分に都合のいい「村民の意思」を求めて屋上屋を重ねることではなく、すでにハッキリしている本埜村民の意思に沿って全身全霊を込めて1市2村の合併協議を推進することであり、合併協議会での会長・副会長のチームワークを誠実に積み上げていくこと以外にないのである。

「本埜はずし」 やむなし
 そもそも合併の早期実現を最優先公約に掲げて当選した村長が、現時点で「合併の必要性を感じなく」なったのであれば、一度職を辞し、出直し村長選をやって、いま現在のポリシーに対する村民の信任を得て、今後の村政に当たるべきところを、そのまま村長職に居座るのみならず、あろうことか合併協議会の副会長として、この問題に関わり続けること自体が無責任きわまりなく、議会制民主主義をも、住民主権の精神をも踏みにじる暴挙と言わざるをえない。

 そのような村長が「村民の意思」をハッキリさせるために住民投票を実施するつもり≠表明するのは勝手だが、果たしてこの村長に住民投票を実施する資格があるのだろうか。すでに前記Cの行政懇談会において、本埜村民は小川村長に「NO」を突きつけたと受けとめるべきであろう。

 さらにもっと深刻なことは、合併協議というのは印西市、印旛村、本埜村という、共通点も多くもつが、異なった歩みと地域特性をもった3者が、胸襟を開いて「協調と信頼」の関係を築いていく営為である。しかし、昨年10月24日の第1回合併懇談会からの小川村長の振る舞いを見るに、そういうものを期待するのは、「手間と時間の無駄」と思わざるをえない。

 この人を村長に戴く本埜村との合併協議をこれ以上続けることは困難であり、合併によって魅力あふれるまちづくりを望んでいる印西市民、印旛村民に対する裏切り、冒涜とさえ言えるだろう。

 何よりも、前回2市2村での合併協議が最終段階で白井市の協議からの離脱によって、それまで積み上げてきた一切の協議内容がアワと消えた、苦い経験を共有しているこの地域は、同じ失敗を2度繰り返すわけにはいかないのである。

 今回の合併協議が、ワケのわからない顛末によって結局不調に終わった場合には、今後に大きなシコリを残し、おそらくこの地域では今後何十年にもわたって「合併」の2文字を口にすることさえ憚られる空気が支配するだろう。一部事務組合のような広域的な協力関係にもヒビが入り、市も村も互いに疑心暗鬼、憎み合い、蔑み合う関係に陥っていくことが憂慮される。

 他の市村以上に合併を熱望し、今回の協議に期待してきた本埜村の人たちにはお気の毒と言うしかないが、小川氏を村長に選び、この間の「迷走」を許してきたのも、本埜村民(特に議会)であり、印西市、印旛村の人間にはこれはどうすることもできない問題なのである。そもそも小川村長が「合併の必要を感じていない」のなら、自分の心を偽って合併協議会の副会長になど就任するべきではなく、「本埜村自立」路線を村民に向かって訴え、合併協議に参加しない道を選ぶのが責任ある首長としての行動だったはずである。

 いずれにしてもこれは本埜村内で解決してもらうしかない問題なのである。

 この点、特に本埜村議会の責任はきわめて重い。

 せっかくスタートさせた合併協議がこれ以上迷走し、最終的に破綻などしたら、その甚大な結果だけを押しつけられるのが印西市、印旛村の人たちなのであり、これはとてつもなく理不尽で前代未聞の「外政干渉」というほかない。

パソコンも合併協議も人生も、(も一つおまけに本埜村も)
こんがらがったらリセットするっきゃない!

 小川村長は、18年11月に印旛村とともに印西市に対して合併を申し入れたが、その後印西市側からの反応もなかったことから、申し入れは破棄≠ウれたものと思っていたところへ、昨年10月になって突然∴西市長から合併の提案があったという意味のことを議会などで述べている。

 18年11月の申し入れがその後破棄された≠ニいう認識、昨年10月の印西市長からの提案を突然≠ニ受けとめる感性は、小川氏独特のものであり、村長当選以来、小川氏が公約にもかかわらず、合併に関して何もやってこなかったことを自ら吐露した言といえる。この間印西市側に粘り強く働きかけてきた本埜の議員さんらにとっては、18年11月の申し入れから昨年秋の印西市長の提案まで、破棄≠熈突然≠烽ネく、ずっとつながった時間として認識されているにちがいない。

 ともあれ、昨年10月の印西市長からの1市2村での合併提案なるものは、小川村長にとって、どちらかといえば迷惑な提案だったのだろうと推察される。18年11月に印旛村とともに印西市に合併を申し入れはしたが、その後「財政的に十分、合併しなくてもやっていける」状態と考えていたところへ、破棄≠ウれたと思っていた合併話が突然″ト燃したのだから、心の中で舌打ちする思いだったかもしれない。

 山ア山洋印西市長にしてみれば、本埜村に善かれと思って合併提案を行ったところが、とんだ行き違いだったことになる。

 ここは「お友達のイヤがることはしない」の精神に則り、昨年10月の合併提案を白紙に戻すべきだ。その上で、印西市・印旛村の1市1村での合併協議をあらためて立ち上げればいい。

 今から印西・印旛の関係者が「協調と信頼」の精神で前向きな協議を重ねていけば、目標とする「9月県知事へ申請」には十分間に合うだろう。

 「過ちを改めるに憚るなかれ」。リセット&再スタートは早いほうがいい。