ナメたらあかん 首長の大権
振り回される「住民自治」
署名は何の役に立ったのか
珍種のモデルケース
首長の大権vs住民の大権
合併協議会も平常心を失う?
合併協議会にできること、やっていいこと
「首長の大権」に負けないために
 
 月刊 千葉ニュータウン2009年7月11日号

 
 印西市、印旛村との合併の実現を望む本埜村民の署名活動が収束し、有権者6878名(6月2日現在)の約73%、5013名の署名が集まった。これだけの村民が合併実現を希望していることが判明しても、小川利彦本埜村長は、これを「村民の多数意思の確認」とは認めず、なおも住民投票を実施することにこだわりをみせている。

 実施のための予算が議会で否決された後、どのようにして住民投票を実施するつもりか知らないが、小川村長様に合併協定書や申請書に判を押す気分になっていただく≠スめのハードルはとてつもなく高そうである。

 しかし、一連の経緯を見ていえることは、首長はその気になれば、誰が何と言おうと、合併をつぶすことができる絶大な権限をもっていること、そして本埜村では首長がこの絶大な権限をまさに行使しうる場にあること、にもかかわらず住民も、議会も、そして合併協議会も、そのことをあまりに軽視してきた、今まさに、そのツケが回ってきたのではないか。

 リアル・ポリティクスの厳しさを直視しようとしない、「平和ボケ」症候群のこれまでを振り返り、合併を望む住民たちがこれからできること、すべきことを検証する。

振り回される「住民自治」 

 合併協議会は、残すところあと1回のみとなった。本埜村長が最終的に合併実現に対してどのような姿勢で臨むのかが注目されるが、手続き上は以下のような関門がある。

 @合併協議がすべて整うと、通常は合併する各市村の首長による「合併協定書の調印」が行われるが、これは特に法的な根拠はなく、一種のセレモニーであり、協定書など作りたくなければ作らなくてもいいそうである(一年近くも協議だの調整だのを重ねてきて、ようやくお互いに合意ができ、さあ、これから新しいまちづくりに協力して取り組もうという段階で、協定書の一つも作れないという合併では、先が思いやられるという心情的なモヤモヤは残るだろうが)。

 Aその後各市村の議会での議決が行われる。もし、首長が合併議案を上程しない場合は、議員発議が行われ、賛成多数で合併議案が可決されれば、ここもスルーできる。

 B問題は、こうして各市村での手続きをすべて終え、県知事へ合併の申請を行う段階。ここに至って、首長が合併の「必要性を認めて」いなかったり、村の財政に過剰な自信をもっていたり、あるいは合併に「躊躇する理由」を抱いていたりすると、甚だ面倒なことになる。

 仮に3市村が合併をめざしてずっと進めてきた合併協議が整い、議会の議決も経て、県に申請しようという段階で、3首長のうち一人でも申請書にサインするのを拒むというような事態になると、それまでやってきた合併協議はすべてパー、これに参加していた各市村の首長、議会関係者、有識者などの努力は悉く水泡に帰すことになる。

 果たして、本埜村長は最終的に申請書に判を押すのか、押さないのか。

 これについて、ずっと二つの「説」が語られてきた。一つは、これまでの小川氏の言動からみて、押さないだろうという説。もう一つは、いや、いくら何でも最後は周りの雰囲気を無視しきれず、不承不承ながらも結局は判を押すだろうという説。

 どちらの説が正しいか、いずれ遠からずして「正解」は明らかになる。それまで待てない人は、花占い(小川村長は、判を押す、押さない、押す、押さない・・・・)でもやってもらうとして、問題は1市2村、9万人弱の住民の未来を決める合併問題が、一人の変わり者の首長の言動に、この期に及んでも振り回され続けている、そのことではないか。

 当の首長は、これまでさんざん合併協議の場その他で「不規則」言動を繰り広げてきた挙げ句、県に申請書を提出する段階で必ず必要となる首長の判が押されるかどうか、その場にならなければ分からないという現在の状況は、いったい何と表現すればよいのか。

 議会は何をやってきたのか、村長を選んだ本埜の住民は、合併協議会で本埜村と協議を進める委員たちは、なぜこんな状況を放置してきたのか。

 判を押すかどうかわからない(小紙は、これまでの言動から判断して、押さない可能性が限りなく高いと考えるが)という場合、合併の推進に責任ある立場のリーダーたちは、「最悪の場合」に備えて万全の手を打っておくのが、リスク管理の要諦というものではないか。そういう発想で、ことに当たったリーダーが何人いたのか、いなかったのか。

 特に、本埜村議会は、この点で何をやってきたのか、それとも結局何もしてこなかったのか、厳格に検証する必要がある。

 署名は何の役に立ったのか

 6月29日本埜村役場で、合併を求める署名活動を行ってきた住民たちが署名簿を小川村長に手渡した。その際、有権者の73%もの住民が合併を望んでいることがはっきりしてもなお、「判を押す」と明言しない村長に対して、手渡し式に立ち会った住民から罵声が飛んだ。

 たしかに、かなりきっちりと厳格に集められた署名のようであり、村長がこれから実施しようとしている「投票方式による村民意識調査」などより、信頼度も高いと思われる。だから、今回の署名結果を無視して、あくまでも自分の手で住民投票を実施しようとする村長に対して、あからさまな非難、侮蔑の言葉が浴びせられるのはよく分かる。

 しかし、別の見方をすれば、そのような村長に対して、なおも署名活動という戦術をとった住民側の「甘さ」に問題はなかったのか。

 何パーセントの住民が署名しようと、あの¢コ長は無視するだろうと、事前に予測を立てる人も少なくなかった。署名簿を村長に渡した住民代表は、村長が多くの村民の意向を無視したといって憤るが、そもそも署名というのは、結局のところ村長に「村民の思いを聞いて欲しい」(=村長にゲタを預けること)ということなのだから、村長の側にも無視する自由、権利はある。村長は、自らの権利を行使しただけの話ではないのか。

 たくさんの署名を集めた人たちの期待どおりの返事を村長がくれなかったといって憤ってみせるのもいいが、同時に今度という今度こそ村長の意思がはっきりしたのだから、直ちに次の行動(村長リコール)に取り組むべきではないのか。

 そうでなければ、合併の実現を願って署名に応じた73%もの村民の気持ちは、村長からばかりでなく、署名活動のリーダーたちからも踏みにじられたことになるのではないか

 
珍種のモデルケース 

 本埜村民の圧倒的多数が印西市、印旛村との合併を望んでいることは明らかであるにもかかわらず首長が「民意を無視して」合併申請書にサインしないのは首長の越権行為ではないか、県や国は、合併を望む圧倒的な「民意」を首長の越権行為から守る手だてを考えるべきではないかという議論も耳にする。気持ちとしてはよくわかるが、この期に及んでは、「首長の大権」を正視しようとしない、「甘え」の議論に聞こえる。

 本埜村のケースを「地方自治基礎コース」の応用問題として考えると、これは、首長がきわめて純粋に(非妥協的に)自分が持っている権限(権力)を行使している、めったに見られない、貴重なモデル・ケースということができる。

 普通、次の選挙のことや住民からの一般的な評価や好感度等を気にして、ここまであからさまに権力を行使する首長は少ないだけの話である。

 しかし、首長たる者、いったん開き直って℃ゥ己の権力を「全面開花」させた暁には、もはや誰もそれを押し止めたり、反対措置を講じたり、あるいは無視することなどできないのであり、たとえ首長が合併申請書にサインしなかったために合併が土壇場で流れたとしても、それは首長に与えられた権限の範囲内の行為であり、首長は何も違法なことをしているわけではない。

 また、県や国がこうしたケースで少しは合併推進派住民を支援してくれてもいいのではないかという声についても、合併というのはあくまでも地域が自主的に判断し、実現していくべきものという建前が厳然と存在し、県や国が首長の意向を飛び越えて、特定の「民意」の支援などしたら、その方が問題である。

 よく考えてみればこれは法治国家、民主主義社会として当然のことであり、いや、そうでなければ困るのである。

 署名活動の結果、有権者の73%が合併推進に賛意を示したといっても、だからといって合併することが完全に正しく、村長が間違っているとは簡単にはいえない。そもそも、あるテーマについてどちらが正しく、どちらが誤っているかなど、神様でない限り、誰も決めることはできないというのが、民主主義社会の基礎公理のはずである。

 だからこそ、4年に1度の首長選挙を行い、これに勝った者が首長としての権力の保持と行使を保証されるというルールというか、一種のフィクションの上に現在の「主権在民」行政は成り立っているのであり、ここを忽せにしたら、民主主義ルールは根底から崩壊してしまい、すべては相対的で無政府的な議論になってしまう。

 民主主義社会では、選挙で選ばれた首長が「千万人といえども、我行かん」の気迫をもって、たとえ現在は少数意見であっても、自分の信ずる政策を推し進め、時間とともにそのことが人々の理解を得て、評価されるといったことも十分ありうる(但し、本埜村の場合は、その前に首長による明確な「公約違反」という事実があるので、この喩えは適用できないが)。

 さればこそ、首長が当該自治体の運営を円滑にできるよう、最大限の責任と権限(権力)を与えているのである。住民は、自分たちが選挙で選んだ首長が、自分たちの民意を十分尊重した行政をやっていない(権限に見合うだけの責任を果たしていない)と考えられる場合には、首長から権力を取り上げる、すなわちリコールなり議会における不信任を行うことによってのみ、首長より優位に立つことができる。

 だから、首長が有権者の73%の声を無視する姿勢をみせた今、リコールなり不信任といった手段に訴えるしか本埜の民主主義を守る方法はないといえる。

合併協議会も平常心を失う? 

 合併協議会というのは、合併実現(検討)という単一目的に沿った協議を行う、一時的で便宜的な集合体であり、一般に考えられているよりはるかに脆さをもった会議である。端的に言って、合併協議のどの段階でも構成員の一角が「イチ抜けた」という声をあげるだけで、跡形もなく分解してしまう組織なのである。

 その合併協議会の場で繰り広げられた(今も繰り広げられている)本埜村および同村長をめぐる議論、対応も、非常に興味深く、少し大げさに言えば、この地域の政治風土というか、政治的活動に従事する人たちがどんな価値観に立ち、何を優先して行動するかの基準≠垣間見せてもらった思いがする。

 4月15日第4回合併協議会では、小川利彦本埜村長が前回会議の場で委員全員に配布したペーパーその他の言動が取り上げられ、何人かの委員から小川氏に対して厳しい批判、意見がぶつけられた。

 しかし、村長選では合併を再優先公約に掲げながら、昨年10月突如として「合併の必要性を感じない」立場に転向し、その後は合併協議会副会長という立場に就きながら、村に帰れば「合併批判多数化工作」と思しき活動を展開、最終的な場面で首長として合併の進行を阻害する可能性を強める小川村長に対して、協議会はその後の会議の場でも批判したり、真意を問うたりはするものの、小川氏を協議会での責任ある立場からはずすことなく、協議の体裁はそのまま維持されたのである。

 つまり、最終段階で「No」と言えば、本埜村だけでなく、他の2市村をも巻き込むかたちで合併を空中分解させる力と意思をもった人間を、それと知りながら最高責任者として遇し続けるという、驚くべき「勇気」と「博愛」に満ちた選択を、合併協議会は敢えてしたのである。

 それでも小川氏の「合併批判」活動はやまず、その結果何が起こったかといえば、象徴的な例が、5月29日の第7回協議会で印西市の代表が小川氏に突きつけた「協議継続のための3条件」である――@(住民の)意思確認後(合併協定書に)調印すること、A個人的文書を配布しないこと、B首長・議長等による会議に出席すること。

合併協議会にできること やっていいこと 
 何やら、小学生のホームルームの「お約束」を思わせる表現と内容であり、「開き直って、自己の権力を全面開花」してきている小川氏に、合併協議会の方が位負け、迫力負けしてしまっている印象が強い。

 これまで見てきたように、小川氏が合併申請書にサインすることを拒み、ために合併が空中分解したとしても、それは地方自治制度において首長に委ねられた権限を小川氏が目一杯行使することにほかならず、そこまで開き直った首長の行動を、ホームルームまがいの「申し入れ」程度で規制しよう、何とかできると考えたのだとしたら、甘すぎると言うしかない。

 4月15日の合併協議会で何人かの委員が合併推進の立場から小川氏を批判したまでは良いとして、それ以降も小川氏が何か発言したり、村内にチラシを撒いたりするたびに、神経質にそれを取りあげ、なじる議論を繰り返したのは、ほとんど意味がなく、それくらいなら、さっさとこの問題についての協議会としてのすっきりした結論を出すべきだったのである。

 本埜村長の一連の行動が「合併公約違反」だというのは、本埜村民(だけ)が何とかすべき、何とかできる問題であって、合併協議会ができる(やっていい)ことは、『協議の相手として信頼できない』という理由で本埜村を協議からはずすか、あるいはそれでは角が立つというのなら、編入合併のアニキ分を務める印西市が「これ以上責任をもって合併協議を続けていくことはできない。イチ抜けた」といって、いったん合併協議を解散し、直ちに残った1市1村で協議を再開させることしかなかったと思う。

 この場合、合併協議からはずされた本埜村で、怒った村民による村長リコールが起こり、新しい村長が協議に復帰したいと言ってきたら、その時こそ信頼できるパートナーとして大いに歓迎してあげることが、合併協議会ができる(していい)ことのすべてだったのではないか。

 
「首長の大権」に負けないために 

 今回の「首長の大権」をめぐる混乱の、そもそもの始まりは、昨年10月24日第1回合併懇談会にある。

 それまで合併の話が進まないのは、印旛、本埜の申し入れに対して印西市長の態度がはっきりしないためだと説明してきた小川村長は、印西市長が2村の申し入れを受け入れて、合併協議をやろうと言った途端に、「合併の必要を認めていない」立場に180度「転向」した。

 この時、8名の議員全員が合併に「不退転の決意で臨む」ことを表明した議会は、村長に対して、何とか印西、印旛との協議の場に出るよう、強硬に申し入れ、村長も「(自分の考えは別にあるが、議会の要請に)妥協する」として、懇談会、後には協議会に出席するようになった。

 しかし、3年前の村長選で、自分が村長になったら、誰よりも早く合併を成就させると公約した村長が、ようやく始まった合併協議の場に出るのに「妥協する」という言い草は何事か。こんな言い草を許した議会こそ、この時点で村長に「妥協」させられてしまったのではないか。

 村長vs議会の応酬は、その後も村長が「首長の大権」を振りかざす一方で、議会は「議会の大権」(不信任)を一度も真剣に検討したフシもみえない。本埜村議会の「不退転の決意」というのは、一体何だったのか

 一方で、本埜村の住民も、議会および合併協議会まかせというか、頼りない議会に代わって、自分たちで合併を望む自分たちの意思を貫徹する行動、たとえば村長リコールなどに起ち上げる動きは、今までみられなかった。

 住民の中には、さんざん村長の対応を批判した上で、「でも、合併さえしてもらえれば、われわれもあんな村長から解放されるから」といった、チョームカツク#ュ言をする者も少なからずいる。

 合併協議会は、悪逆非道な村長から本埜村民を救出する「月光仮面」でも何でもないのだ。自分たちが選んだ村長が、公約を破って、非常識な言動で合併協議を妨害していることが見え見えになった時点で、住民自身が起ち上がらないで、誰が問題を解決してくれるというのか。

 問題は、合併のことだけではなかったはずである。そもそも村政全般について、住民の失望、疑問、怨嗟の声が充満しつつあった時に、合併問題での村長の公約違反が明らかになったというのが、客観的な事実経過ではなかったのか。

 さらに、合併協議会について言うと、やはり今からでも「本埜はずし」を真剣に検討することが、合併協議のリスク管理上避けられないのではないか。

 要するに、本埜村長の「首長の大権」に負けないためには、それぞれがそれぞれの持っている「大権」を行使するしかないというのが結論である。

 最後に、本埜村議会、住民、合併協議会の各関係者に、以下の格言を贈る。小紙も、これらの格言を噛みしめながら、今後の推移を見守っていくことにする。

 〈格言1〉負けに不思議の負けなし(野村克也)

 〈格言2〉良い会社というのは多種多様で、いろいろなタイプの良い会社があるが、ダメな会社というのは、だいたい決まったパターンがある。それは、社長も社員も「できない理由」ばかりあげてくる会社だ(ある経営コンサルタントの言葉)。