流された合併協議

印西市・白井市・印旛村・本埜村合併協議を追う

タイトル 掲載号 
はじめに 合併問題の盛り上がりと挫折  
地域独自・住民本位の合併論議を   2001.12.15
  久しい以前から「地方の時代」といわれ、今また地方分権が叫ばれる中、「分権」の最大の受け皿となる市町村合併の議論がこんなに全国一律で、それぞれの地 域の特性、個性を無視した議論でいいはずがない。 
リーダーは自ら発声を   2002.04.13
  なぜ市町村合併をする必要があるのか、合併によって現在の地域が抱えるどんな問題をどのように解決できるのか、合併によってどんな地域をつくっていこうと しているのか、等々の「そもそも」論を欠いたまま、いきなり行政手続き上のスケジュール優先の議論が展開されており、またそのことにこうした議論を進めて いる人たちの多くが疑問を感じていないようにみえる。  
「住民の意向」を隠れ蓑にするな  2002.10.12
  市町村合併問題についてリーダーたち(首長、議員)の腰が据わっていない感が強い。自分たちの腰が据わらないまま、「まず住民の意向を聞いて」という姿勢が、合併問題を見えにくくしているばかりか、現段階で本当に議論しておかなくては いけない内容を覆い隠してしまっている。 
リーダーシップなきリーダーは「合併時代」を乗り切れない   2003.10.11
  住民投票を実施すること自体に異論はないが、大して意味のある住民投票にはならないだろう。住民が自らの意思を進んで表現するだけの情報、考える道筋が全くといっていいほど用意されていないからだ。このような情報、道筋、認識は、選挙で選ばれた地域のリーダーたちが、まず自分の言葉で住民に語りかけ、住民とねばり強く対話する中からしか生まれないと思う。しかしながら、当地域のリーダー、とくに首長たちはこの点、驚くほど怠慢であり、臆病であり、主体性、指導性が欠如している。 
2市2村財政の現状から合併問題を考える  2004.01.10
  会計学が専門の大西道孝氏(大学教師、白井市清水口在住)と本紙編集長・武藤弘との共 同作業により、2市2村の平成14年度決算報告書に基づく財政構造の全般的な分析を行った。
「民意の重み」はどこへ?   2004.04.10
  住民投票で「重い民意」が示されたから、市長や議会はこれを尊重すべきだといっても、言うまでもなく市長や議員を選出し、彼らに行政や議会の業務を託しているのもまた「民意」である。それも、公職選挙法という厳しいルールに基づいて選出し、仕事のやり方もさまざまな法律で規定するなど、現に市長や議員が背負っている民意もまた相当な厳格さと重さをもっている。 
今こそ、合併について冷静に議論し直そう  2004.8.14
  合併の可否を問う住民投票」が七月十一日行われ、合併反対が大差で賛成を上回った。これを受けて、中村教彰白井市長は七月十二日、議会に合併議案を付議せず、三市村との合併を白紙に戻すことを表明した。同市長はさきに、投票の結果反対 票が有効投票の過半数、かつその得票数が投票資格者総数の四分の一を超えた場合は、合併を見送る方針を表明していた。
住民参加の点と線  2004.09.11〜12.11 
  伝統的な社会に脈々と流れていた「住民参加」「住民自治」のシステムを都市化の波が崩壊させてきた。現在の都市型社会 で議論、実施されている住民参加は、結局「点」としての参加でしかなく、これが「線」(または「面」)にならなければ、論多くして実りの少ない(頭でっか ちの)「参加」にとどまり続けるのではないか。
<見出しタイトル>
村に息づく住民参加/智恵子の錯覚/次男坊文化のまち/ニュータウン 棄郷の民の 吹きだまり/「民意の問い方」を問う/横着な理髪店/点の住民参加、線の住民参加/「自由意思」の限界/住民参加の生産性/自主管理から自立管理へ(横浜・大正団地の事例)/専門職員を雇う 

はじめに
−合併問題の盛り上がりと挫折−

 千葉ニュータウンを構成する印西市・白井市・印旛村・本埜村による合併協議は、平成十四年三月から(上記二市二村に栄町を加えた)五市町村長の懇 談会が設置され、スタートした。この懇談会は、数回の会合が開かれた後、十四年十二月から任意合併協議会に引き継がれる。翌十五年三月には、これが法廷協 議会へと移行、四月八日に第一回合併協議会が開催される。

 合併協議会は、その後十八回開催されたが、十六年七月十一日に行われた白井市の住民投票で合併反対が賛成を大きく上回る結果となり、白井市が合併協議か ら離脱、第十九回協議会で合併協議を廃止することが決まった。

 これが、当地における合併問題のざっとした経緯ということになる。任意協議会のスタートからすると約二年近くに及んだ合併についての話し合いは、結局流 産ということになった。

 本紙では、この地での市町村合併は、千葉ニュータウン事業の完成およびその後のまちづくりのための受け皿として、地元自治体が質・量ともに飛躍的なパ ワーアップを遂げる必要があるとの観点から、いろいろ問題はあるだろうが、基本的には合併をした方が良いと考え、この問題をウォッチしてきた。

 地元からみた千葉ニュータウン地域というのは、江戸時代の「天領」にもたとえられる存在ではないか。

 千葉県企業庁+都市基盤整備公団(現・都市再生機構)という幕府の直轄地として、地元の小藩(二市二村)がほとんど関与できない形で、「分割統治」され てきた。江戸時代の天領と周辺の藩領とは、統治の仕組みや税制など、いろいろなものが異なっていたようで、天領に住む領民は、周りの藩領の人たちを一段低 く見下す風があったという。この辺も、現在のニュータウン地区の風景を彷彿とさせる。

 しかし、千葉ニュータウン事業も最後の十年間の事業期間に入っており、平成二十五年には「天領」としての縛りが解け、地元の各藩に戻ってくる。また、そ れ以前にも幕府の役人たちの中には、事業期間の終了を意識してか、何となくソワソワしたり、天領への赴任が解けて、国元へ帰れる日を待ちこがれて、仕事に 身が入らないようにみえる輩も目につく。

 このような状況にある千葉ニュータウン事業の受け皿として、現在の人口五、六万人の市や一万人前後の村が割拠している状態では、あまりに心許ない。ま あ、合併しても十三万人程度だから、それだけで盤石になるとはいえないが、しかし、合併を機に、千葉ニュータウンを構成する地域が一体となって、共通の問 題に対処するとともに、共通の資源、リソースを地域全体の発展に役立てるという体制を組むことが是非とも必要だと考える。

 クラシック音楽のプロの演奏家というのは、毎日欠かさず十時間くらい練習を続けないと、到達した高い技術レベルを維持することができないと聞いた。この 街も、千葉ニュータウン事業という、分不相応な高規格のインフラが整備された後は、それを維持するだけでも大変な行政のパワーが質・量ともに要求されるの ではないか。

 そのために合併が必要というのが、第一の視点であったが、観察を進める中で、パワーの一つである行政のリーダーシップ、行政と住民の協力関係(住民参加 のあり方)等が次第にクローズアップしてきた。以下、合併協議を振り返りながら、おそらく現代日本のどこの地域にもみられるであろう、政治と市民との関 係、緊張と対話といった問題を考えていく。


地域独自・住民本位の合併論議を

月刊 千葉ニュータウン2001年12月15日号

 たとえていえば、「いま一所懸命勉強しないと、将来困ることになるから」といわれ、塾通いへと尻をたたかれる子どもの姿が連想される。「将来困る ことになる」(将来、地方交付税が大幅減額されるゾ)というムチと、「勉強するとご褒美がもらえる」(合併特例措置)というアメは与えられたが、肝心の子 供たちの「勉強意欲」(何のために合併するのか、合併によってどんな地域をつくっていくのか)という基本が忘れられた議論では、地域にとって意味のある合 併にはならないだろう。

 そもそも久しい以前から「地方の時代」といわれ、今また地方分権が叫ばれる中、「分権」の最大の受け皿となる市町村合併の議論がこんなに全国一律で、そ れぞれの地域の特性、個性を無視した議論でいいはずがない。

 「長期的にどのような地域をつくっていくのか」を何よりも最初に問うべきであり、次にそのために近隣市町村と合併するのが得策か否かが問われ、得策だと したらどのような合併の姿がベストなのか、そのためにどのような政策的な特典が活用できるのかという順序になるはずである。

 では、この地域の長期的な発展の方向性、地域の将来の姿とは何か。それを考える上で「千葉ニュータウン」が有力なキーワードとなろう。

 ニュータウンの整備という課題は、今後ともこの地域の発展と密接不可分に結びついていかざるをえない。ニュータウン・プロジェクトの進め方が、今後もこ の地域のすがたに大きな影響を及ぼすという意味もあるが、同時に、千葉ニュータウンとして整備されている地域が(いわゆる在来地域をも含めて)、歴史的・ 文化的・経済的な一体感をもって歩んできたことに思いを致す必要がある。

 こうした地域的な一体感、つながりは、二一世紀のこの地域の発展を考える上で、最大の地域資源であり、クルマ社会、IT時代における新たな広域的な地域 を再構築していく上でも、常に念頭に置くべき事柄だと思われる。

 そのようなことを念頭において、今回四三〇人の方々からいただいたアンケート回答を読んでいくと、少なからぬ人が千葉ニュータウンの現状に強い不満と危 機感を抱いており、現状からの突破口、変化を求めていることが伝わってくる。ニュータウン地区の回答者の九割が市町村合併に賛成という数字は、そうした突 破口への強い希求の現れともみることができよう。

 本号では、「企業庁の公益的施設整備の負担金見直し」「公団が進めていたごみ空気輸送システムの建設中断」といった記事が、期せずして併載されることに なった。今まで「沈滞」していた千葉ニュータウンの整備が、こうしたことを機に「崩壊」へと転がっていくのか、それとも逆境をバネに、新しい道を歩みはじ めるのか。

 合併か否か、それは今後すべての住民が参加して徹底的な検討を加えた後に出される結論であるのは言うまでもない。しかし、最も喫緊のテーマである「千葉 ニュータウン事業の再構築」ということに関して、合併によって地元の行政組織が質・量ともにパワーアップすることは、極めて有効であろう。そうした面から の検討を至急行う必要がある。仮に、合併以外の「解」をみつけるとしても、その作業にスピードが要求されることは言うまでもない。

 スピードとは「特例措置の期限である平成一六年度末」といったテクニカルな話だけではない。地元が、千葉ニュータウン整備の新たな方向性を検討するのに 許される時間的余裕がそうたくさんは残されていないという意味もある。住民は、今まですでに十分待たされてきた。「待たされた」時間の蓄積が、合併賛成九 割という数字に込められていることを、首長や議会の指導者たちは真摯に読みとるべきだと思う。

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リーダーは自ら発声を

月刊 千葉ニュータウン2002年4月13日号

 毎日の新聞報道、議会での討論などで「市町村合併」が話題にのぼることが多くなり、その意味では市町村合併の「気運」が盛り上がっているようにみ えないこともない。

 しかし、議会等での討論を聞いていて気になったことが一つある。それは、たとえば「合併特例措置の期限である十七年三月から逆算すると、遅くとも今年中 に合併を検討する場を設ける必要がある」というような話が、いきなり提示されることである。

 なぜ市町村合併をする必要があるのか、合併によって現在の地域が抱えるどんな問題をどのように解決できるのか、合併によってどんな地域をつくっていこう としているのか、等々の「そもそも」論を欠いたまま、いきなり行政手続き上のスケジュール優先の議論が展開されており、またそのことにこうした議論を進め ている人たちの多くが疑問を感じていないようにみえる。

 そして、多くの場合、議論は「合併の是非については、住民の意思を尊重して・・・」で締めくくられる。

 しかし、住民が意思を固めようにも、市町村合併を検討する材料、考える素材としての情報や知識は、これまでのところ行政の側からほとんど発信されていな い。そもそも何のために市町村合併を考え、住民の「意思」を表明しなければならないのか。

 まず、リーダーたち(首長、議会議員)が、市町村合併の必要性や是非についてどう考えているのか、自分の所信を表明するべきではないか。その上で、住民 の「意思」の集約をはかるべきだろう。それをやらないで、いきなり行政手続きの話をされて、「皆さんの意思を尊重しますから」と言われても、「?」となる ばかりである。

 これまでに提供されたのは、せいぜいが「国では・・・・」「県では・・・・」という情報にとどまる。肝心のこの地域で、なぜ市町村合併が必要なのか、ど んな方向と内容の市町村合併を検討する必要があるのかについて、長年この地域の行政を引っ張ってきた、あるいは議会で議論を積み重ねてきたリーダーたちに よる「肉声」が、ほとんど聞こえてこない。

 三月末に印西市の中堅職員による研究会がまとめた「市町村合併に関する庁内研究会報告書」は、非常によくまとまっており、データ的にも論点の整理という 意味でも、的確な報告書に仕上がっている。中堅職員たちのこうした仕事を踏まえて、次はいよいよリーダーたちが「自分の言葉」でこの問題について語り、住 民に呼びかける番である。

 市町村合併というのは、現在の行政の枠組み、構造が大きく、抜本的に変わることを意味する。行政機構や議会活動に主体的に関わってきた人たちなら、必ず このことについて何か独自の意見をもっているはずである。

 別に体系的な議論である必要はないし、理路整然としていなくてもいい、議論展開の巧拙も本質的な問題ではない。リーダー(政治家)としての活動経験をか けて、自分の言葉で住民に情報を発信し、議論の渦を巻き起こしつつ、その渦の中で政治家として決断することが求められる。

 市町村合併というのは、リーダーにとっても住民にとってもそういう問題だと思う。

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「住民の意向」を隠れ蓑にするな

月刊 千葉ニュータウン2002年10月12日号

 「市町村合併はもはや避けて通れない」という議員が多くなってきた。

 地方交付税が減額された後のわが町の行く末を案じた議論かと思えば、さにあらず。よくよく聞いてみると、国や県が市町村を合併させようとしているのに、 正面から逆らうのはマズいのでは、という「動機不純分子」が相当混じっているようなのである。

 しかし、国や県の意向がどうであれ、それがこの地域にとって好ましくないと判断されるのであれば、住民の先頭に立って、身を挺して反対するのが議員とい うものではないか。選挙の時にはそれらしいことを宣ったはずである。

 一部を除いて、市町村合併問題についてリーダーたち(首長、議員)の腰が据わっていない感が強い。

 自分たちの腰が据わらないまま、「まず住民の意向を聞いて」という姿勢が、合併問題を見えにくくしているばかりか、現段階で本当に議論しておかなくては いけない内容を覆い隠してしまっている。

 市町村合併というのは、何十年に一度の決断、今後長期にわたってこの地域の運命を左右する大きな岐路であり、日頃住民サービスを提供している行政の枠組 み、基盤そのものを大転換する話であり、さらには日本全体の構造が大きく変わっていく、その一端を占める話である。

 当然、首長や議員個々人の政治理念、預かっている自治体の置かれた状況等々により、さまざまな意見・異見、立場が出てきておかしくない。ロクな議論もせ ずに「流れ」に身をまかせられるような話ではないはずである。

 住民の側も、リーダーたちのさまざまな意見、立場に耳を傾ける「権利」がある。その上で自分たちの意思を決めるというのが、話の順序である。

 わけても、これまで市町村合併を推進する立場からは、それなりの情報が提供され、合併の必要性、近未来の地方財政の姿等についてある程度の理解は得られ た。その一方で、市町村合併に反対の立場 から、反対の理由や厳しくなる地方財政への(合併以外の)対応策、あるいは「貧しくとも心の通う小さな地域でやっていこう」というような呼びかけ、情報発 信がほとんど聞こえてこない。

 このような推進・反対の両立場からのさまざまな議論、考え方を現段階で聞いて、住民自身が「深く」「多角的に」考えることがぜひとも必要だと思う。

 時間は差し迫っている。

 遅くとも来年三月には法定協議会を設置するか否かを決めなければならない。その時点で協議会を設置しないということは、事実上合併以外の方法で迫りくる 財政危機に対処していくということを意味するのだから、そちらの立場の人たちは具体的な対案を提示しなければならない。

 法定協議会設置を決断する前に「もっと慎重な議論を」主張する声も多く聞かれるが、議論の必要性を説く本人がこれまでどれだけ積極的な議論をしてきたの か疑問なしとしない。首長の意向を問い質したり、行政事務方を批判するだけで、自分の意見は言わない傾向もないとはいえないだろう。更なる議論の必要性を 主張するのであれば、まず自分の意見を堂々と述べるのが先ではないか。

 「一七年三月という合併特例法の期限に こだわらず、慎重な議論を」という主張も、よく考えてみると現実性がない。曲がりなりにも、現在合併問題がこれだけ「盛り上がっている」のは、一七年三月 という「期限」と、それまでに合併すれば特例措置という「人参」がぶら下がっているからにほかならない。

 「平成の大合併」という言葉が飛び交うようになる以前、この地域で合併問題を独自に議論したり、啓蒙していた議員とか、市民グループのような動きはな かった。おそらく「十七年三月」が過ぎれば、再び合併問題を熱心に議論するような人たちはごく一部に限られる状況が訪れるだろう。

 但し、もしかするとこの「人参」は、後世に借金というツケを回す毒人参かもしれない。毒でない人参を探すか、人参目当ての合併行動そのものを反省する必 要があるかもしれない。そういうことを議論できるのも、「今」をおいてないのである。

 考えてみると、できることなら市町村合併など避けたいという気分は、合併によってポストが減ることになる議員や役所の職員ばかりでなく、われわれ住民の 多くも本音では、あるいは個人の感覚として、共有しているのではないか。

 地域共同体などというものは、概して小さい方が居心地が良いのである。顔見知りが多い方が何をやるにもラクだし、小さい地域の方が愛着も芽生えやすい、 役所も規則一点張りでなく、適当に融通を利かせるなど、人間味がある・・・・。

 問題は、「機能」として自分たちが住む自治体を考えた場合に、特にこれからの高齢化社会に向かって、今のままではやっていけない(のではないか)という 点に尽きる。市町村合併というのは、そうした状況への一つの「解」である。もっと、ほかにも「解」はあるかもしれない。

 繰り返すが、それらを検討できるのは、ここ数ヶ月しかないのである。

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リーダーシップなきリーダーは「合併時代」を乗 り切れない

月刊 千葉ニュータウン2003年10月11日号

主体性を欠くリーダーたち
 現在協議中の市村合併について、住民投票を実施して、二市二村の住民の意思を直接問い、合併の是非を決めるべきだという議論がある。

 住民投票を実施すること自体に異論はないが、現在の合併論議を聞く限りでは、大して意味のある住民投票にはならないのではないか。「中身のある」住民意 思は投票に表れず、薄っぺらな「投票結果」だけが一人歩きする事態が心配される。

 住民が自らの意思を進んで表現するだけの情報、考える道筋、自分たちの生活が合併することによってどう変わるのか、しない場合どうなるのか、といった認 識等々――そういったものが全くといっていいほど用意されていないからだ。このような情報、道筋、認識は、単に財政データをグラフにしたカラー刷りのパン フレットを各世帯に配ったり、合併協議会で事務局のシナリオどおりに「粛々と」議事を進める姿を傍聴席の住民に見せることによって形成されるものではな く、選挙で選ばれた地域のリーダーたちが、まず自分の言葉で住民に語りかけ、住民とねばり強く対話する中からしか生まれないと思う。

 しかしながら、当地域のリーダー、とくに首長たちはこの点、驚くほど怠慢であり、臆病であり、主体性、指導性が欠如している。

 「新市建設計画」なるものができたとしても、住民が日頃考えたり、不安に思っていることがそこにどう反映されるのか、先行き不透明な千葉ニュータウン事 業の局面打開に、合併がどう活かされるのか、あるいはそうしたことと無関係に単に事務的な課題を積み上げただけの「作文」が、ある日突然住民に閲覧され、 「合併の是非」が問われるのか。

 そういうものを目にした住民が、直ちに合併に賛成したり、反対したりできると本気で考えているのか。また、今まで自分の主体的な考えをほとんど披瀝して こなかった首長が、事務局が「計画」をまとめた途端に合併事業に主導的に邁進できるものなのか。

 役場の職員が鉛筆なめなめ作成した答案ではなく、選挙で選ばれた政治家が自らの責任において、地域の中長期のビジョンを提示し、各政策の優先順位を決 め、合併について決断し、その決断内容を住民に説得していくプロセスが、いま必要なのである。企業庁や公団とどこでどう「勝負」しようとしているのか、と いったことを含めて。

 こうしたプロセスがないまま住民投票を実施したとして、住民は何を答えればいいのか。そもそも、答えるべきは住民ではなく、まずもっては首長らであろ う。
  
人にものを訊くときは、まず自分から名乗るべし
 首長たちは、二言目には「住民の意向を聞いてから・・・・」という。一方、住民は何をどう考えればいいのか、迷っている。果たして、自分のこれからの生 活と合併問題がどのような関係があるのか、ないのか。

 リーダーたちがいつも強調するように、合併問題というのは、この地域にとって「大変な問題」である。大変な問題であればこそ、まずリーダーが自らの所信 を表明すべきであり、それをしないで「住民の意向」に話題を振るのは不誠実である。選挙で選ばれた者としての存在理由を自ら否定するがごとき行為というほ かない。

 「自分は合併についてこう考え、合併後の新市でこんなまちづくりをしようと思っているが、皆さんはどう思いますか」あるいは「国が強引に進める合併に、 地域を預かる政治家としてどうしても納得できない。合併に代わってこういうまちづくりをしていきたいが、どうだろうか」といったことを住民に語りかけるの が、選挙で選ばれた者の、こういう局面でまずとるべき態度ではないだろうか。

 選挙で選ばれた者の使命として、住民の意向を尊重することはもちろん大事だが、それとともに住民の意向を先導していく、住民に問題を提起しつつ、自分が 信ずる方向に住民を引っ張っていく(そこで異論が出たら、十分耳を傾ける)ことも、同じくらい重要なはずである。

 だいたい、二言目には「住民の意向を聞く」というリーダーが、本当に住民の意見を聞く気があるのか、そうした能力や度量やエネルギーを持っているのか、 合併協議会や議会での合併論議を聞いていると、少し疑わしくなる。

 住民の意見を「聞く」というのは、単に「音」としての住民の声を右耳に入れて左耳から逃すということではなく、住民の声に込められた生活者のメッセージ を聞き分け、問題点を整理し、政策の優先順位の中でそれを位置づけ、すぐ実現できるものは実現し、できないものはできない理由を住民に説明し・・・・と いった一連のプロセスであるはずだ。大変な度量とエネルギーと誠実さを要する作業なのである。

 実際には、合併協議会で(建前上住民代表である)各委員が述べる意見に対して、議長席に居並ぶ二市二村の首長らはいかなる人間的な反応も示さない。ムキ になって反論もしないが、相づちをうつこともない。

 どんな議論も(協議会の会場である)ホテル・マークワンの会議室の壁にむなしく吸い込まれていき、要は事務局が提示した原案が賛成多数で可決したかどう かの結果だけが求められる。会議が終わってしばらくすると、委員の発言と事務局の説明だけが議事録に掲載されて、協議会のホームページで見られるようにな る。議長席に鎮座している四人の首長の存在感は、協議会をリアルタイムで傍聴しても、後から議事録を読んでも、限りなく無に近い。

 結局、いつも「住民の意向を聞いて・・・」と繰り返すだけのリーダーは、本当の意味で「住民の意見を聴く」誠実さや包容力を持っていないのではないかと 思わざるをえない。
  
自らの肉声で住民に語りかけよ
 合併問題を検討するという場合、たとえば次のような問題について、まず首長が自分の考え方なり取り組み状況を住民に説明する必要がある。

・合併を通してどんなまちづくりを展望しているのか。
・合併によって行政サービスをどう変えようとしているのか。
・行政の効率化をどう図っていくのか。
・合併に伴って現在の市村に生じる利害得失についてどう判断し、どう解消しようとしているのか。
・合併をしないことで発生したり深刻化するかもしれない問題にどう対処しようと考えているのか。たとえば、合併をしない市町村に対して総務省が振るってく るといわれる「ムチ」とどう戦っていくのか、等々。

 しかし、それだけでなく、北総線沿線の二市二村という、この地域の合併問題の特性を踏まえるならば、次のようなテーマもこの地域の将来に、したがって合 併問題に深く関わってくる。これらの点については、県の「指導」やマニュアルに頼ることはできない。まさにこの地域のリーダーとしての資質、覚悟、地域へ の愛情と責任が問われているのである。

◆千葉県が財政再建団体に転落だのしないだの言われている過程で、千葉ニュータウンのような地域は下手をするととんでもないババをつかまされるおそれがあ る。「公益的施設負担金見直し」問題などもその前兆なのではないか。ヘンなツケを回されるのを避けるためには、片時も気を抜けないビビッドな対応が必要で あり、「待ちの政治」ではどうにもならない。

◆千葉ニュータウン事業者(企業庁、公団)に、これからの「最後の十年」何を迫り、最低限でもどれだけの整備をさせようとしているのか。仮りに彼らが事業 目標の達成半ばでここから立ち去ろうとする時、どんな「慰謝料」を払わせるのか。

◆首都圏の分譲マンション価格推移を比較すると、値下がり率で千葉県が最大というデータがある。おそらく、「都心回帰」現象の影響を最も受けやすい地域と いうことなのだろうが、今のようなまちづくりの状態で、ニュータウンがいずれゴーストタウンと化さないために、どんな手を打とうとしているのか。そのため に「合併」をどう活用していくのか。

 その他、住民としては不安でたまらないことがたくさんある。こうした住民の不安に直ちに完全な答えを用意せよとは言わない。しかし、不完全でも答(案) をもっている首長ならば、日頃の言動の端々にそうしたものが感じられるはずである。
   
悔いのない議論を
 合併問題で「住民の意向」が盛り上がる(あるいは冷え込む)のをひたすら「待つ」姿勢の首長は、これら切迫した問題についても、「待ち」の姿勢で臨む、 つまり自分からは「何も言わないし、行動しない」ことを基本原則としているようにみえる。

 このような首長たちの「待ち」の姿勢は、合併問題でも、千葉ニュータウン事業でも、地域が抱える問題の解決、改革への着手をいたずらに先送りし、ついに は「手遅れ」となる結果をもたらすだけではないだろうか。

 現在進められている合併論議が、最終的に二市二村の合併までこぎつけるのか、あるいは「幻の新市」で終わるのか、それはわからない。しかし、せっかくの 協議なのだから、地域全体として「悔いのない」議論を望む。そうする中からしか、先行き不透明な千葉ニュータウン事業をはじめ、この地域が抱えるあまたの 難問を突破する知恵、責任感、エネルギーは生まれないだろう。

 「待ちの政治」、重要なことはすべて事務局や県などに任せる政治スタイルをずっと踏襲してきたリーダーは、「平時」ならともかく、難問山積の「合併時 代」を乗り切ることはできないだろうし、そうしたリーダーしか存在しない地域もまた、この苦難の時代を乗り切るのは難しいだろう。

 住民の意向を訊く前に、まずリーダーが変わる(代わる?)べきではないか。  

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「民意の重み」はどこへ?

月刊 千葉ニュータウン2004年4月10日号

 白井市議会は、定例会最終日の三月二十六日、「白井市が印西市、印旛村及び本埜村と合併することの可否に関する住民投票条例」案を賛成多数で可決 した。

 住民投票は、次期参院選(予定では七月十一日)と同日行われ、二十歳以上の住民(外国人を除く)により、合併に「賛成」「反対」「どちらともいえない」 のいずれかを選択する形で行われる。この住民投票の結果を、市長及び議会は「尊重しなければならない」ことになっている。

 当初定例会の最終日と設定されていた二十五日、この条例案をめぐって議論が紛糾し、深夜まで長引いたが決着がつかず、会期を一日延長しての採択となっ た。

 議論の中で条例案に対して出された主な疑問、批判点は、@合併の可否を問うという条例の目的に対して、「どちらともいえない」という選択肢が入ることは、矛盾しており、整合性がない、A投票結果を市長や議会が「尊重」するとは、具体的に何を意味するのか、地方自治法や合併特例法などに規定されている市長や議会の権限とどのような関係になるのか、B住民投票の成立要件(投票率何パーセント以上など)が必要ではないか、などの点であった。

 二日間の議論を傍聴したが、提案者側もこれに反対する側も、「数の論理」というか、自分たちの主張にいかなる修正も認めず、最後の採決までの時間稼ぎの様相を呈した論戦だったように感じた。

 提案者側が条例案を練る段階で、途中から「賛成」「反対」に加えて「どちらともいえない」の三択方式とする内容になったが、これは提案者側が議会で多数派を形成するための「苦渋の選択」だった。提案者側の大多数は、三択方式を渋々受け入れていたにすぎず、心の底では納得していなかったが、三択方式を拒否すれば、多数派が形成できない、したがって条例案そのものが議会で通らないというジレンマが、最後まで提案者側を縛った。

 また、通常住民投票では「民意の重さ」を表すためにさまざまなハードルを設ける。投票の結果、賛否いずれかが過半に達したとしても、投票率がたとえば五十%程度だったとしたら、有権者全部からみればそれは二十五%を少し上回る程度の話でしかないことになり、この数字をめぐっていろいろと解釈の相違が生じ うる。「民意の重さ」が考慮されるために、最低限どの程度の投票率が必要かなどについて、住民投票を実施する前にはっきりさせておかないと、無用の混乱を 招くだけということで、いろいろな議論が展開された。

 投票プロセスの中に高いハードルを設け、それをクリアしてきた住民意思の「重み」を首長や議会が尊重するという形が必要だと思われるし、もう一つは、投票結果についてあまり幅のある解釈の余地が生まれないためにも、それなりの高いハードルを設けておくことは意味がある。

 採択された条例案では、投票結果に対してさまざまな解釈が成立し、場合によっては各グループがそれぞれ我田引水的な解釈をする余地が残されてしまったのではないか。そのような解釈の幅をできるだけ狭め、あいまいさを極力排除する方策を考えておく必要がある。投票結果についての解釈の違いが、新たな不毛な 対立の芽となる心配は払拭されたのか。

 また、住民投票の結果を「市長及び議会が尊重する」という場合の「尊重」の意味について、多くの質問が発せられた。合併についての最終的な可否は、市長 の発議を受けて議会で決議するが、住民投票の結果はそのための「参考」なのか、「補完」なのか、それとも「委ねる」のか・・・・。最終的には、この条例が 「拘束型」でなく、「諮問型」だという共通理解がほぼ成立したようだが。

 住民投票で「重い民意」が示されたから、市長や議会はこれを尊重すべきだといっても、言うまでもなく市長や議員を選出し、彼らに行政や議会の業務を託し ているのもまた「民意」である。それも、公職選挙法という厳しいルールに基づいて選出し、仕事のやり方もさまざまな法律で規定するなど、現に市長や議員が 背負っている民意もまた相当な厳格さと重さをもっている。

 住民投票で示される「民意」と、現に首長や議会が背負っている「民意」との重さを忖度しつつ、地域にとってなるべく悔いのない選択を担保するために、冷 静で広い視野からの議論、検討が望まれる。

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今こそ、合併について冷静に議論し直そう

月刊 千葉ニュータウン2004年8月14日号

合併流産
 「白井市が印西市、印旛村及び本埜村と合併することの可否に関する住民投票」が七月十一日行われ、合併反対が大差で賛成を上回った。

 これを受けて、中村教彰白井市長は七月十二日、議会に合併議案を付議せず、三市村との合併を白紙に戻すことを表明した。同市長はさきに、投票の結果反対 票が有効投票の過半数、かつその得票数が投票資格者総数の四分の一を超えた場合は、合併を見送る方針を表明していた。

 同市長は今回の結果について、住民がこれまでの白井市のまちづくりを一定程度評価していることの表れとし、また、市制施行後間もない段階での合併話で あったことやニュータウン事業の進捗度合いの差も、合併に対する市民の受けとめ方に影響したのではないかとの考えを示した。

 今後は、単独で市政を運営していくことを前提に、財政基盤についてさらに原点に戻って見直し、自立していけるまちづくりをめざす方針。

 また、北総線の運賃問題(通学定期)について、今回の印西市長選で各候補が財政出動を公約に掲げたことにふれ、白井もその方向で検討を開始することを表 明した。

   △  △  △
 フタを開けてみれば、予想外の大差で「反対」が「賛成」「どちらともいえない」を上回っていた。白井の合併問題での住民投票結果である。

 「市民の勝利だ」と叫ぶ、住民投票条例を推し進めてきた合併「反対派」の人たちと、議会での討論の機会さえ奪われたことにショックを受けている、合併 「推進派」の人たち・・・・。

 この「衝撃的」な投票結果をもたらした背景には、合併論議と協議のプロセスをめぐって、大きな欠陥、問題点、反省材料があったように思う。
 
器作って魂入れず
 第一の問題点は、この間の合併協議会を中心とする議論が、極めて貧弱で、住民からみて魅力にも説得力にも乏しいものだったことである。

 合併協議が終わった現段階を喩えるならば、これから事業を興そうとする人が会社の設立登記の書類を作成し終わった状態といえる。法人登記に必要な書類づ くりは、マニュアルに従って作成していけば、それほど難しいものではない。問題は、設立した会社で何を生産し、どのように販路を開拓し、いかに儲かる事業 を育てるかといったこと(ビジネスプラン、事業計画)であり、これはマニュアルには書いてないし、登記所の窓口でも教えてくれない。

 「新市まちづくり計画」なるパンフレットが、一見いかにも合併後の新しい市の事業計画の装いをもって各家庭に配布されたが、あれは単に総務省のマニュア ルで要求されているから作成してみただけの話であり、中身は二市二村が現に手がけている事業や計画に上がっている事業を機械的に寄せ集めただけの代物にす ぎない。

 本来、「まちづくり計画」というからには、そのように事務局が収集し、整理した材料をもとに、首長と議会が自分たちの政治理念や地域づくりのコンセプ ト、選挙民への公約等々に基づいて、組み立て直し、優先順位をつけ、事業ごとの取捨選択をし、議会で侃々諤々の議論をして固まっていくものであろう。

 もっとも、国や県に提出する「計画」とは別に、舞台裏で四人の首長が時々額を寄せ合って、新市をどんなまちにしていくか、どんな事業を優先的に進める か、特例債をどう活用するか等々について、時に酒でも酌み交わしながら、腹を割って協議していたというのなら、それはそれで大変結構なのだが、そのような 光景は望むべくもなかった。

 要するに、ビジネスプラン(中身)を欠いたまま、単に会社設立の法的な手続き(器)だけ進めてきたのが、今回の合併論議であり、設立後の新会社がどのよ うな会社になるのか、いやそもそも何のために会社を設立するのか、といった点にはふれずじまいだった。このような会社では、たとえ設立され他としても、経 営が成り立っていくか、甚だ心許ない。
 
リーダーシップなき合併論議の結末
 第二の問題点は、合併という地域の長期的な将来を決める一大テーマにもかかわらず、責任あるリーダーシップが終始不在だったことである。

 白井市の住民投票は、合併とまちづくりについて、首長が明確な意見を表明しないまま(少なくとも、多くの市民に市長の明確な意思が届いたとはいえない状 況の中で)実施された上に、投票結果から議会での審議さえスキップされてしまうという、まことに異常なプロセスをたどり、今後に大きな禍根を残した。この 間、議員たちは住民の前で合併についての意見を表明する報告会を数度開き、また住民グループによる「ディベート」が何度か開催されるなど、一見活発な議 論、情報提供が行われたかにみえるが、そのような多くの貴重な議論を汲み取り、整理・集約し、論点を煮詰め、議論を建設的に発展させていく主体はどこにも 存在しなかった。

 これでは「民意の尊重」というより、「民意」をまるで腫れ物にさわるように、中身を吟味することもなく、神棚に祀り上げてしまった印象である。

 リーダーシップ不在は、合併協議会の場でも顕著にみられた。議長団を任じる首長たちは、事務局のお膳立てどおりに振る舞うだけで、主体的な判断力や指導 性を発揮する場面はついぞみられなかった。難しい政策や技術的な問題についてだけでなく、例えば、現に合併協議を進めている相手へのちょっとした気配り、 同じ首長同士としての相手の立場への思いやりのようなものもほとんど感じられなかった。このような気配りの欠如は、合併協議が進むにしたがって、「印西の 独断専行」のような印象や誤解をもたらす一因ともなり、他の市村住民の反感を買った面が相当あると思われる。

 おまけに、白井と違って印西では、議員たちや住民グループによる討論会や報告会のような場もほとんど開かれず、その意味で議論や情報提供、情報公開と いったことは、白井以上に不足していた。最近では、議会内部の「雲行き」も怪しくなり、仮に白井での住民投票や議会審議で、合併が「是」とされたとして も、印西の議会でどうなっていたか分からない。

 二市二村の合併協議を振り返ると、二つの「市」でのリーダーシップ不在は覆うべくもなく、この点でのリーダーの無作為の罪、地域経営の資質・資格が厳し く問われるべきであろう。
 
静かな環境で大局的な合併論議を
 白井の住民投票で圧倒的に反対票が多く投じられたこと、およびそれを受けての合併協議会の解散という事態は、以上みてきたような合併協議そのものの致命 的な欠陥が露呈したにすぎないと考えるならば、これで二年近くにわたる「合併狂想曲」が一段落したことをむしろ喜ぶべきかもしれない。

 当面、少なくとも白井の市民にとっては「合併」は現実性のないテーマとなった。このことは逆に、合併について冷静かつ慎重に勉強したり、議論できる環境 が整ったともいえる。この地域が長期的にどう発展し、あるいは衰退していくかに重大な関心を寄せる人は、もう一度静かな環境の中で冷静・大局的に合併問題 を考えていったらどうだろうか。

 今回2市2村の合併話はひとまず潰え去ったが、このたびの平成大合併の動きを見ていると、とてもこのままでは済みそうにない。いずれ数年後には、白井を 含むこの地域が今回とは違った形で合併を検討せざるをえない状況が訪れるのではないか。その時に備えるという意味合いもある。

 しかし、それ以上に、今回の合併論議でほとんど検討できなかったことを、落ち着いて、冷静に検討する必要があり、そのための時間的余裕がこの地域の住民 に与えられたと考えたらどうだろう。これからは、合併について議論したり、勉強していても「最初に合併ありきの議論では?」とか「特例債狙いの合併」とか 「急ぎすぎ」といった批判につきまとわれずに済む。この間、上記のような批判や難癖が、合併の議論全体を相当矮小化してきたが、そのような神経症的な雰囲 気から解放され、落ち着いて議論をする環境がようやく整った。

 これまでの合併論議でほとんど検討できなかったこととは、前述したように「新市」の中身、つまり『合併によってどのようなまちづくりをしていくか』と いったビジョンである。
   
激変する都市の環境の中で生き残る道は?
 本紙が七月三日に開催した「千葉ニュータウン・シンポジウム2004」で基調講演を行った松本恭治・高崎健康福祉大学教授によると、いま首都圏の中小規 模の都市はすさまじい変化の波に洗われているようだ。

 クルマ社会は、生活の利便性を高める一方で、社会を不安定化させる。少し前まで繁華街だった地域を一気に空洞化させたり、先月まで客であふれていたスー パーが、数キロ先に新しくオープンした大型店に客をごっそり奪われて閑古鳥が鳴くといった光景が頻繁に現出している。ついには、「クルマ社会が都市を崩壊 させる」と、松本教授は指摘している。クルマ社会といえば、千葉ニュータウンだって、相当なクルマ社会である。

 人口減社会にあって、都市間競争はますます激しくなり、周辺から人口を吸い寄せる都市と、吸い出される都市とに、乖離がひどくなっていく傾向がみられ る。「負け組」の都市では、不動産価格は信じられないレベルまで下がり、人も職場も、みな逃げ出してゆく。「人口減」現象も、全国一律に起こるのでなく、 地域間のひどい跛行性を伴って現れることは、デフレ経済の中でも金持ち父さんと貧乏父さんに分かれるのと同様らしい。

 千葉ニュータウン地域の場合、成田新高速・北千葉道路という、他の地域と比べて非常に恵まれた条件があるが、成田とつながることで自動的にこの地域の発 展が保証されるわけではない。鉄道と道路の開通だけに依存してこの地域の発展を考え、そこで思考停止してしまうことは危険きわまりない。

 成田新高速・北千葉道路、千葉ニュータウン事業の中で整備されてきた高規格インフラと街路、それに印西市を中心に残っている広大な未利用地を、この地域 共通の財産、次の発展への橋頭堡として活用することで、松本教授が指摘するような、首都圏のかなりの地域で起こっている「都市の崩壊」現象に歯止めをか け、都市間競争での勝ち組、少なくとも「生き残り組」をめざさないと、千葉ニュータウン地域(二市二村)の明日はない。

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住民参加の点と線

月刊 千葉ニュータウン2004年9月11日号〜12月11日号所載

 伝統的な社会に脈々と流れていた「住民参加」「住民自治」のシステムを都市化の波が崩壊させてきた。現在の都市型社会 で議論、実施されている住民参加は、結局「点」としての参加でしかなく、これが「線」(または「面」)にならなければ、論多くして実りの少ない(頭でっか ちの)「参加」にとどまり続けるのではないか。
 
村に息づく住民参加
 白井市議会で合併問題をめぐる住民投票条例の討議が行われていた三月下旬、本埜村で「地区別懇談会」という会合が、村内の各集落ごとに開催されていた。

 もちろん、この二つの動きは、それぞれまったく無関係に、ただ同時期に行われていたというだけの話だが、たまたま両方の会議を日をおかず続けて傍聴した こともあって、期せずして「住民参加のかたち」といったことを考えさせられることになった。

 本埜村の地区懇は、村長以下村の幹部が各ブロックをまわり、合併や村道の整備といった問題について住民に説明し、住民の意見を聞くもので、だいたい午後 七時から二時間程度地区の青年館などで開催された。あるブロックで開催された地区懇を覗かせてもらったのだが、印象的だったのは、ウィークデーの夕方、そ れほど世帯数が多いとも思えないブロックなのに、部屋がいっぱいに埋まる出席者の多さであった。あとで聞くと、5割を超える世帯から出席しているのではな いかとのことだった。出席者の多くは、この際だからとばかり、村長や村の幹部にけっこう言いたいことを言っている印象だった。

 この盛況ぶりをみて、思わず対比してしまったのだが、ニュータウン地区で同様の会合を開いても、出席率という点でいえば、問題にならないほど低調になる にちがいない。二市二村の合併協議が進展する中で、この間行政がさまざまな形で情報提供を行ったり、住民の意見を聞く場を設けてきたが、どの会場も出席者 はまばらであり、行政の職員がさりげなく「サクラ」を買って出るなどの涙ぐましい努力で辛うじて体裁を保っていた会場も少なくないようである。どの会場で も「住民の無関心」が主催者の頭を悩ましていた。

 在来地区では昔からこのように行政などから声がかかると、何はともあれ一家を代表する者が出席して、行政の説明を聞いたり、それぞれが意見を交わすと いったことが当たり前のように行われてきたようである。そうした雰囲気が特に本埜、印旛といった村部(の在来地区)ではまだかなり濃厚に残っている一方、 印西、白井の市部では、都市化とともに急速に薄れてきたのだと思われる。
     
智恵子の錯覚
 『智恵子抄』の中で、上京してきたばかりの智恵子が「東京には空がないのね」とつぶやく有名な場面があるが、ビートたけし氏(たしか、三代くらい続いた 東京の下町っ子)がこの部分を独特の表現で面白おかしく批判している。

 「東京にだって、昔はきれいな青空があったんだよ。空がなくなったのは、お前ら田舎者がわんさか東京に押し寄せてきて、街も空気も汚しまくったからじゃ ねぇか」。
 
 昨今の「住民参加」の議論を聞きながら、たまたま本埜村の地区懇を覗いたこともきっかけとなって、このエッセイを思い出した。もしかすると、われわれは 皆、たけし氏から痛烈に批判された智恵子さんと同じ錯覚(ふつう世間ではそれを「カマトト」と呼ぶ)に陥っているのかもしれない。

 封建的とか田舎臭いとか、マイナーなイメージでみられることが多い地方の農村社会だが、実はかなり完成度の高い「住民参加」あるいは「住民自治」のシス テムがずっと維持・運営されてきたことを示唆する材料をたくさん見つけることができる。そのような高度で洗練されたシステムを「都市化」や「ニュータウン 開発」の流れが崩壊させてきたというのが実のところではないか。

 都市の住民は、自分たちで崩壊させてきたことに気づかずに、首長や議員、役場の職員の「閉鎖性」や「後進性」、「市民参加への無理解」等々を嘆いたりす るが、それらのうちかなりの部分は、智恵子さんが陥ったのと同種類の錯覚ではないのか。

 「住民参加」を妨げているものがあるとしたら、それは頑迷な首長や姑息な官僚たちというよりも、《ニュータウン人》自身の都市化された生活様式によると ころがはるかに大きいと思われる。たとえば、働き盛りの男性の多くは「千葉都民」というような言葉に象徴されるように、生活時間も意識も、その多くは勤務 先である東京に注がれ、ここには寝るために帰ってくるだけといった生活スタイルを余儀なくされている。

 そうした状況および生活意識が支配する中で、行政の側がいくら「住民参加」の場や窓口を用意しても、「笛吹けど踊らず」的な光景が繰り返されるしかな かった。その度に、もっと住民の関心を呼ぶような情報の提供、住民への呼びかけ強化といった「努力」が行政の側に求められてきたが、上記のような生活スタ イルや意識が変わらない限り、行政がいくら努力しても、住民の「無関心の壁」を打ち破るのはむずかしいのではないだろうか。
 
次男坊文化のまち
 千葉ニュータウンに住む人々の出身地を聞くと、出てこない都道府県はないといわれる。ほとんどの人が生まれ育った「故郷」を後にし、何度かの転居を繰り 返した後、何年か前にここに移ってきたという経歴をもつ。さらに、そのうち多くの人は、今も故郷には実家があり、そこに年老いた親あるいは実家を継いだ長 兄などが住んでいる。

 要するに、《ニュータウン人》の多くは、実家を継げなかったか、継ぐ必要がなかったか、あるいは継ぐことを拒否したか、とにかく人生のある時期に「故郷 を(棄てて)出てきた」人たちということができる。多くの住民に共通するこのような経歴もまた、ニュータウンという土地柄、住民の気質、自分の住む地域へ の関わり方などに影響していると考えられる。いわば、「次男坊気質」のような遺伝子が、多くのニュータウン人に共通して宿っている可能性がある。

 ニュータウン人が故郷を出てきた時期としては、高校を卒業して大学に入学したり、就職するなど、子供から大人に「成人」していく時期だったケースがおそ らく最も多いだろう。

 このような成人期、故郷に残った人たちは、それまで親が担っていた隣近所とのおつきあい、地域の会合などに一家を代表して出席する、町内会や青年団、消 防団などの団体活動に参加する、等々の役割を徐々に親から受け継ぎ、地域社会に自分の存在を認知してもらうとともに、地域の中で一定の義務と責任と権利を もった、一人前の大人に育っていく(通過儀礼)。

 一方、その直前の時期に故郷を出てきてしまった人の場合、そのような成人期には学生あるいは独身サラリーマンとして、地域社会とはほとんど無関係・没交 渉的に過ごしてしまう。どこの街でも、例えばごみ集積所の管理などでいちばん問題になるのが独身寮の住人であり、この時期の、特に男性は、地域社会では 「鬼っ子」あるいは「透明人間」的な存在として扱われる。本人たちも、この期間を「モラトリアム」と感じている傾向が強い。

 もちろん、彼らも入学した大学とか就職した会社の職場などで、それなりの通過儀礼は経験するかもしれないが、そこは非常に限られた目的志向をもった、比 較的同質の人間による閉じられた空間である。こうした環境で、いわば純粋培養された都市型人間が、結婚して郊外のベッドタウンに居を構え、さて自分の住む 地域を見回してみると、何とも泥臭く、ダサい、低レベルで、しょうもないことばかりやっている人々であり、地域であるように見えても不思議はない。

 しかし、もっとよく観察してみると、泥臭くてダサくてしょうもない人々は、実はニュータウン人が故郷に残してきた親、兄妹と瓜二つの顔つき、表情である ことに気がつくだろう。

 そこで一句(?)
     ニュータウン 棄郷の民の 吹きだまり

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「民意の問い方」を問う
 最近各地で市町村合併の是非を問う住民投票が行われているが、合併問題で住民の意思を確認し、それを尊重する形式として、住民投票が最適なのか、「合併 の是非」を問う住民投票によって、どれだけ正確に「住民の意思」を把握することができるのか、という基本的な疑問が頭に浮かぶ。

 率直に言って、行政が用意した合併問題の説明会、ワークショップ、地区懇談会のような場にもほとんど顔を出さない、行政が新聞織り込みで各戸に配るパン フレットなども気づかないで見落としてしまうことの多い住民が、住民投票のような新しい機会を提供されたとして、それを十分活かすことができるのだろう か。

 合併問題もそうだが、行政の取り組む課題、まちづくりというのは、一連の長いプロセスであり、その長いプロセス(線)の中のある一点(是か非か)につい てだけ住民一人一人が意思を表明することが、それほど意味のあることなのだろうか。というか、住民の本当の意思表明(および表明された意思を行政の側が尊 重し、活かしていくこと)というのは、日常的で長いプロセスを行政と住民が一緒にキャッチボールをすることでしか、実現しないものではないのか。

 たとえば、原子力発電所の建設計画を進めている行政・首長に対して、計画に反対する住民がそれをストップさせる目論見で住民投票を要求するケースなら ば、少なくとも反対運動を進める人たちにとっては、大きな意味のある政治的営為といえるだろう。原発誘致という行政側のプロセス(線)に対して、建設反対 という大きな「断点」を打ち込む行為は、首長や行政にかなりのダメージを与え、「(反対派)住民の意思を反映させる」という意味では、多大な効果があるか らだ。

 「原発反対」のような特定の問題(イシュー)に的を絞り、考え方を同じくする人たちが集まって繰り広げる運動は、「シングル・イシュー・ムーブメント」 と呼ばれる。運動を進める人たちが自分たちの主張に同調する人をできるだけ多く集めて、住民投票での決着に持ちこむというかたちは、原発反対のようなシン グル・イシュー・ムーブメントの場では、それなりに有効な、住民「意思」の確認方法であるかもしれないが、合併問題にはなじまないのではないか(もっと も、シングル・イシュー・ムーブメント的な発想と手法(最初に反対ありき)で合併問題に取り組む人たちにとっては、最高に「なじむ」のかもしれないが)。

 原発反対派は、住民投票での反対多数という「運動の成果」を最大限強調して、「住民意思の尊重」を首長や行政に迫る。しかし、この地域が原発計画を撤回 した後、原発に代わる地域振興策、原発なしにどのように地域の発展をめざすかといった問題は、是か非かという「○×式」試験ではまったく顧みられない。論 文形式や時に面接方式など、幅広い試験問題で適性を見抜き、検討していくプロセスが、とくに地域の問題では大事なのである。

 原発ストップを唯一の最優先課題と考える人たちにとっては、「多数の意思」によって原発計画を葬ることが最大の成果かもしれないが、原発の危険性と同じ ように、地域の長期的な発展、過疎化への歯止めといったことに関心がある一般の住民にしてみれば、それでは困るのである。このような住民にとっては、住民 投票は不愉快な踏み絵であり、参加することによって一部の勢力に利用されるだけと感じられるかもしれない。

 合併のような問題にあっては、「是非」以上に、どんな住民がどんな思いから「是」としたり、「非」としたのかといったことの方が、大事だと思う。そのよ うな住民のまちづくりへの思いを汲み上げていく中で、地域全体として合併問題での決断をしていく、透明なプロセスこそが「民意の尊重」であり、住民参加の 本当の姿であろう。

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横着な床屋
 白井の住民投票をめぐる住民と行政・議会との関係で問題だったのは、首長および議会の説明責任および決断責任がほとんど果たされなかった、結果的にはそ れらの責任はすべて住民に押しつけられたことである。

 市長が合併に対する自らの姿勢をわかりやすく表明し、市民の疑問に丁寧に答えるといった場面は見られなかったし、議会に至っては、住民投票で合併反対票 が市長による事前の「線引き」をはるかに上回ってしまったため、審議のチャンスさえ与えられなかった。

 市長は、さきに投票の結果反対票が有効投票の過半数、かつその得票数が投票資格者総数の四分の一を越えた場合は、合併議案を議会に付議することなく、合 併を見送ることを表明していたが、投票結果は合併に「賛成」六七六二票、「反対」一万九二四五票、「どちらともいえない」一五三六票と、市長が設定してい た、合併議案を付議しないための「条件」を軽々とクリアしてしまった。

 市長および議会(プロ)が、自らは「合併の是非」について説明責任を果たさないまま、住民(アマ)に対して是非についての判断を丸投げした経緯をみてい て、落語のマクラでよく使われる「床屋のタオル」の咄を思い出してしまった。

 理髪店で気持ちよさそうに椅子に座ってヒゲ剃りを待っているお客の顔に、マスターが湯気のたったタオルをのせる。

 客「ウワッちっち、こんな熱いのをいきなり人の顔にのせる奴があるか、バカッ」
 マスター「す、すんません、私も熱くて持ってられなかったもンで・・・・」

 住民の皆さん、タオルの丸投げには気をつけましょうネ。

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点の住民参加、線の住民参加
 前号で、「住民参加」という言葉が頻繁に叫ばれる現代のニュータウンなど都市型社会では、実は極めて限定的な「参加」しか果たされておらず(「点」とし ての参加)、むしろそうした言葉がほとんど存在することさえなかった伝統的な地域社会の方が、多様で日常生活に根を張った「参加」がごく普通に見られたの ではないか(「線」または「面」としての参加)という議論をたてて、われわれの身の回りのいくつかの事例をみてきた。

 このような「点」としての住民参加と、「線」(または「面」)としての住民参加を、対照的な2つのモデルとして対比すれば、別表のような特性が描けるだ ろう。



 最大の違いは、都市型社会での「点」としての住民参加モデルが、もっぱら「参加する権利」としてイメージされているのに対して、伝統社会での「線」(ま たは「面」)としての参加は、権利というより「義務」または「責任」としてイメージされている点である。

 ただし、伝統的な社会では住民も行政も「住民参加」などという意識はなかったにちがいない。住民の参加意識とか参加の権利といったこと以前に、社会を構 成するすべての住民が否応もなく「参加」せざるをえない状況、そうしなければ社会そのものが維持、運営していけない状況が存在していたからにほかならな い。
 
 何でもかでも行政がやってくれる(言い換えれば、何にでも行政が介入してくる)というのではなく、住民が身のまわりのことは自分たちで処理することを基 本とする社会が長い歴史を通じて維持されてきた。その流れが、高度成長期頃から大きく変化し、住民のほとんどは朝早く遠く離れた職場に出勤し、夜遅く郊外 のわが家に帰ってくるという生活パターンが定着するとともに、「行政サービス」の対象領域が次第に拡がっていき、行政と住民の乖離(住民の行政からの疎 外)が進んでいった。

 当然のことながら、行政から疎外された住民の、行政に対する関心や理解は、どんどん薄らいでゆき、また行政自身も住民の関心や理解があろうとなかろう と、「自立」的に一定のサービスを供給できるまでに成長、拡大していく。経済の発展、税収の拡大や地方交付税制度などによる財政基盤の強化がそのことを可 能にした。

 このような行政と住民の乖離状況を何とか埋めようとして取り組まれているのが、都市型社会での住民参加だということができる。しかし、地域の運営や維持 に必要なほとんどの業務を、納税と引き替えの行政サービスとして提供することが前提となった社会では、住民は行政にとっての「お客様」であり、住民参加 は、お客様が希望する分野で、希望する範囲に限って実現する。

 住民参加の場面でよく「市民が主役」と言われる。しかし、主役にも2種類ある。パーティにたとえると、招かれるゲストもたしかに「今晩の主役」だろう が、一方でパーティ全体を仕切り、さまざまな演出で盛り上げ、舞台裏まですべて知り尽くしているホストこそ、その晩の本当の主役であり、表面上ちやほやさ れているゲストよりも「おいしい」経験をしているのかもしれない。

 国政や地方議会の選挙で問題になっている投票率の低さにしても、農村部よりも都市部においてより一層深刻であることからもわかるように、低投票率が都市 化の流れとともに進行してきたことは確かであろう。選挙に対してシラけたり、無関心でいるのは、上記のパーティでいえばゲスト、お客様的な立場に置かれた 人たちであり、たとえば特定の候補を熱烈に応援し、選挙運動に参加している人たち(ホスト)は、シラけている暇などない。

 応援したい特定の候補もいない、地域の中で特に人的なつながりももたない、都市の「無党派」住民は、投票するたびにある種の空しさを味わう。自分の1票 など無数の有権者の波の中に紛れてしまい、投票率を上げるための「員数合わせ」に利用されているだけ、選挙というのは結局は特定の候補や陣営を支援する ネットワークが主役なのだと思い知らされる。

 やはり、パーティも選挙も、行政などへの参加も、舞台裏に首を突っ込んでこそ「おいしい」思いができるのではないだろうか。

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「自由意思」の限界
 永年NPOやボランティア組織を取材してきた、ある全国紙記者氏の観察によると、日本のNPOとかボランティア・グループには、よくみられるパターンが あるという。

 NPOなどが活動を開始してしばらくすると、メンバーの中に寝食を忘れてものすごく真剣に取り組む人たち(グループA)、かなり一生懸命だが、寝食を忘 れてというほどではない人たち(グループB)、わりとちゃらんぽらんに見える人たち(グループC)といった温度差が生まれる。

 時間が経つにしたがって、グループAは悲壮感さえ漂わせながら、次第に自分たちだけで固まっていく。息苦しいような雰囲気に、まずグループCがシラけて きて、だんだんと会合などに出てこなくなり、ついにはこの組織から脱落していく。そうするとグループAはますます目を血走らせ、懸命になるが、Aがそうす ればするほど、やがてBの人たちもそうした雰囲気に耐えられなくなり、会合などにも出て来なくなる、結果、Aの人たちはますます少人数で固まっていき、最 後の最後には、残った人たち同士で内輪もめし、ただでさえ少なくなったグループがさらに分裂してしまう・・・・。

 もちろん、大部分のNPO、ボランティア・グループは、幸いこんなパターンに陥ることなく堅実に活動しているのだろうが、この話は日本人の本音部分での 体質のようなものをよく表しているなと感じながら、この記者の話を聞いた。

 記者氏は、欧米の代表的なNPO(たとえば、グリーンピース、シェラクラブなど)が会員4〜500万人を擁するのに対して、日本最大のNPO(日本野鳥 の会)は会員5万人と、2桁も違うのは、歴史的な沿革や税制の違いなどもさることながら、上記のような「国民性」もかなり影響しているのではないかと、問 題提起していた。

 本稿は、この最後の部分についてだけ、若干の異議というか疑問をはさみたい。欧米で最大のNPOと日本のそれの会員数が2桁違うというが、それは欧米的 なNPOの考え方、基準で比較した場合の話ではないか。少し発想を変えて、例えば日本の伝統的な官製ボランティアである消防団の団員数は、徐々に減少傾向 をたどっているとはいえ、百万人に近い水準にある。

 もちろん、こういう話の中に消防団の例を持ち出すことに違和感を抱く人も多いだろう。NPOやボランティア活動は、参加する個々人の自由意思を尊重して いることに最大の特徴があり、上からのお仕着せで組織される官製ボランティアと一緒にして欲しくない、云々。

 しかし、ここでは消防団に限らず、日本型のボランティア組織をも含めて、NPO、ボランティア・グループ、住民の地域活動をみていきたい。理由は、これ まで見てきたように、都市型社会での住民参加がともすれば「点」の参加にとどまり、そこにとどまっている限りニュータウンのような地域でのまちづくりは大 きな壁にぶつかっていると思われるから、そしてそこから抜け出すヒントは、伝統的な地域社会で行われてきた制度やシステムの中からも見いだせるのではない かと考えるからである。

 だいたい、日本ではいつも社会的に問題が発生したり、何らかの行き詰まり状況に陥ると、それを打破するモデルを欧米から輸入してきた。環境問題が深刻に なると、ドイツではこんなふうにリサイクルが進んでいると言い、情報化が叫ばれると、シリコンバレーの成功談が続々と報じられ、「政治とカネ」が問題にな ると、必ずイギリスでいかに清潔な議会政治が行われているかが紹介され、皆で必死にそうした「先進」事例を勉強してきた。

 NPOやボランティア活動についても、米国やヨーロッパの事例やモデルが紹介されるが、そうして導入される理念や組織原理だけでは、日本人の身の丈に合 わない部分が必ず出てくるのではないか。それを補完する意味でも、伝統的な日本の社会で広く行われていたやり方に光を当て、ホンの少しでも取り入れられる ものは取り入れたらよいのではないか。

 さきの全国紙記者氏の話では、シエラクラブというのは大変な権威あるNPOで、日本でいえば経団連の会長のようなポストを経験した財界人などに、人生最 後の花道にシエラクラブの会長ポストに就きたがる人が多いという。

 権威のあるNPOになると、さまざまな資源を活用して、その設立趣意をより高いレベルで実現する可能性があるが、「権威のかたち」などというものは、国 によって、それぞれの文化や「国民性」によって大きく異なるのが自然である。

 アメリカでは、成功した実業家などが税制上の恩典もあって、こぞってシエラクラブのようなNPOに寄付を行う結果、こうしたNPOがますます力をつけ、 権威を上げていったのかもしれないが、日本では官製ボランティアという独特のスタイルの中に、派手さはないが、息の長い活動を展開してきた秘密があるので はないか。

 官製ボランティアというスタイルは、「お上」が住民をうまく使って、安上がりな防災、防犯、情報伝達などの機能を形成してきたともいえるが、見方によっ ては、住民の側もそうした枠組みに取り込まれたと見せかけて、「お上」の権威を巧みに利用しながら自分たちのまちづくりを進めてきたと言えなくもない。日 本では仲間内で何かもめた時、お上の仲裁や調整能力に期待する空気が強く、さまざまな業界団体のトップに官庁のOBを迎えたりするのは、そうした意味が背 景にあるのであり、これも一種の社会生活の「知恵」と言えなくもない。

 何よりも、消防団・青年団、自治会・町内会その他の伝統的な組織は、前述したような日本人の「国民性」にも長い間耐えてきた実績がある。古い、時代に合 わないといって切り捨てるだけでよいのか。民営化が騒がれている郵便局なども、目に見える効率性の議論だけでなく、これが地域に果たしてきた多くの役割、 ボランティア的な機能をも併せ見つめた上で議論する必要があるかもしれない。

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住民参加の生産性
 下の数式は、数年前に筆者が住む地区の自治会長をやらされた時に、独断と偏見で考えた「地域活動(住民参加)の生産性測定式」である。

 8760というのは、1年間の時間数(24時間×365日)、Popは総人口、Partは参加人員数を表す。

 わが自治会では、順番で毎年20人の役員が選出され、1年の任期を務める。自治会長は、役員の中から互選で選ばれる。筆者の観測では、xは自治会長の場 合で120〜150時間(筆者より真面目な自治会長の場合はもっと多いかもしれないが)、その他の役員の場合ではせいぜい50時間程度ではないかと思われ た。

 つまり、自治会長の場合で年間120〜150/8760=1・4〜1・7%、その他の役員では0・6%程度の時間しか自治会活動に割いていないのであ る。20人の役員全員を合わせても、自治会活動に捧げている時間は、だいたい1000時間程度ということになり、パートタイマーの管理人1人分になるかな らないかの仕事量に該当する。

 もちろん、自治会員の中には、独自にボランティアなどの地域活動に取り組んでいる人もいる。そうした地域活動全般を見渡して、地域の全人口のうちどれだ けの人がどういった地域活動にどれだけ従事しているかを測定したらどんな感じになるのか。

 「点」としての住民参加(地域活動)が「線」(または「面」)に成長、発展していく上で、どんな地域活動にどう関わるべきか、といった「質」の議論も必 要だが、一方でこのような地域活動の「量」の議論、検討も必要ではないか。おそらく現状では、とくにニュータウンのような地域では、この数値はまだまだ低 いと思われる。この数値がある程度の水準に達した時に、「量が質に転化」する形で、住民参加(地域活動)の「点」から「線」(または「面」)への変異が実 現するのではないか(どの程度の量になった時に変異が起こるのかは、まだ不明だが)。

 因みに、日本が高度経済成長を続けていた頃、この式のxには2000時間を優に超える数字が入り、Part/Pop(総人口に占める労働人口)も、歴史 上かつてない高い値を示していたはずである。そのことに気づいたアメリカなどOECD諸国が寄ってたかって「日本人の働き過ぎ」を攻撃し、この頃から、日 本経済の競争力を殺ぐ、ライバル国家の戦略が効を奏しはじめ、やがて「失われた十年」へと突入し、今日の閉塞の時代を迎えている−−まあ、これも「独断と 偏見」の世界だが。

 しかし、上記の数式の答え(われわれが地域活動に投じる時間数)は、今後かなり拡大することが予想される。言うまでもなく、団塊の世代の定年退職に伴 い、これまで経済活動、生産活動に大半の時間を割いてきた人たちがいよいよ地域に戻ってくるからである。

 この人たちが「やる気」を出して、住民参加や地域活動に関わってくることで、今後地域は大きく変わり、発展する可能性がある。この人たちのやる気を引き 出せる「住民参加・地域活動のかたち」を創出した地域とそうでない地域とでは大きな差が出るだろう。

 頭でっかちでなく、生活実態に根ざした、本音の議論を積み重ねていく必要があろう。

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自主管理から自立管理へ
 前回、団塊の世代が定年退職を迎え、地域に「戻ってくる」ことで、地域のあり方や住民参加のかたちが今後大きく変わってくる可能性にふれた。この人たち がある程度積極的に地域に関わってくるかどうかで、地域のかたちもかなり異なってくることも予想され、こうした「大人の参加に耐えられる」地域活動のあり 方が問われているのではないか。

 横浜市戸塚区にある大正団地――。住宅公団が整備し、昭和四十四年に入居が始まった七百八十戸ほどの分譲住宅団地で、管理組合が大きな力をもって、自分 たちの住む環境づくりに積極的に関与しているという話を耳にしたので、この団地を訪ね、小澤忠二理事長の話を聞いてきた。

 ここの管理組合が力をもつようになった源泉は、どうやら駐車場の管理にあったようだ。住民が払う駐車場の利用料(月三千円)収入を、修繕積立金に繰り入 れず、別会計にすることで、団地内の道路や駐車場などの環境整備を進めてきた。そうすることで、結果的にこれらの整備を安上がりにするとともに、日常的に 団地内の施設などを点検したり、手当てするプロの技能集団を育てることにもつながった。

 駐車場の管理は、当初公団が整備した駐車場は六百台だったのに対して、住民が契約してきたのは約五百五十台分だったこともあって、最初から「無指定方 式」を採用した。誰がどこの駐車区域を使うということが決まってなく、駐車場利用料を払っている組合員は、団地内のどこの駐車場に駐めてもよい。団地の住 民を訪れた訪問者も、空いているところならどこの駐車場にも駐められる。

 管理組合が駐車場収入を使って最初に手がけたのは、昭和五十二年の自転車置き場(八百台)と運動場(四百坪)の整備だった。

 次いで、昭和五十九年には次第に住民の保有する車が増えてきたのに対応して、「芝生の駐車場」を整備した(写真)。これは、芝生の上にテクターを張っ て、そのまま車を駐める方式で、芝生をつぶすことなく、そのまま駐車場として使い、緑を残す方式。住民の多くは、同じ場所に駐めっぱなしというのでなく、 一定時間駐車すると、所用で出かけたりするので、芝生には適度の太陽と風があたるため、芝生が枯れることはあまりないという。

 ともあれ、「芝生の駐車場」を整備することによって、同団地での駐車場問題は基本的に解決された。

 翌六十年には、カラオケセット、ピアノ、バーを備えたコミュニティクラブ「大正クラブ」を、これまた駐車場収入で作ってしまう(写真)。下水処理場の管 理棟を安く買い上げて改造したという。

 大正クラブを建てたのは、まだカラオケが世に登場し始め頃で、小澤さんは、カラオケを通じて知らない人同士の交流が始まると考えて、独立したクラブを整 備した。それまで団地には集会所しかなく、ここで会合の後酒や歌を歌って、近所から苦情が来ることもあった。

 革張りソファーがずらりと並ぶ、一見繁華街のサロン風の「大正クラブ」は、小澤さんの狙いどおり、住民(特に男たち)の大いなる交流の場となってきた。 クラブにはバーテンダーもいて、興が乗ると自らピアノを弾くことも、このサロンの呼び物の一つだったが、残念ながら「年齢」を理由に、記者が訪れた時には 間もなく辞めるとのことだった。

 その後、六十三年には集会所を増設し、和室も備えた。外部からの訪問者も、「サロン」で楽しんだ後、ここに宿泊できる。

 さらに管理組合では、最近になって団地内に倉庫を建てた(平成十四〜十五年)。組合や自治会関係だけでなく、住民の荷物も預かり、住民の利用率も比較的 高いようである。どこの家でも、何年か住んでいると、自宅の収容スペースだけでは足りず、かといって適当な預けるところもないというケースが出てくる。そ うした場合に、団地内に貸倉庫があるというのは羨ましい気がした。
 
専門職員を雇う
 現在、同団地では管理費が月一万六千円(修繕積立金を含む)、駐車場利用料が月三千円だが、前述したように駐車場からの収入を修繕積立金に繰り入れるの ではなく、独立会計として運用していることが、同組合の最大の特徴といえる。

 現在、同管理組合では団地内の補修や整備に五人の職員を雇っており、うちキャップを務めている人は土木建築の専門家で、フルタイマー、年間五百万円程度 の給料を払っているという。残り四人は時給(千五百円)で、園芸や剪定をうけもっている。

 これらの職員は、それぞれ専門の技能をもち、毎日のように団地内を診て回って、壊れたり汚れたりした器具や施設などは、こまめに修繕、塗装してしまう。 団地内に工務部門のような小屋があり、植栽や修繕に使う道具・器具類はすべて揃っている。小型のパワーショベルまである。

 同団地を訪問した時、最初に感じたのは植栽の手入れが行き届いているという印象だったが、小澤理事長に案内されて、団地内のあちこちを見て回るうちに、 この印象はさらに強くなり、フェンスなども破れたり、歪んだりした箇所がなく、ペンキも塗り立てのように色が鮮やか、団地全体が非常によく補修・整備され ている印象だった。

 また、管理事務所には三人ほどの職員がいて、男女各一人がフルタイム、一人は住民がパートで努めている。管理事務所では、通常の管理業務とともに、団地 内に置かれた五台の防犯カメラをリモートコントロールして、団地内を監視している。

 ここまで職員などの体制を整えるとコスト高になるのでは?との懸念に対して、小澤理事長はこの方式が最も効率的、効果的で経済効果もあると、絶大の自信 をもって言い切る。

 同団地のすぐ近くに、ほぼ同じ頃入居が始まった同程度の規模の団地があり、大正団地と同額の駐車場料金を設定したが、そこでは会計のみ自立させ、発注は 業者まかせでやってきた。数十年経過して、大正団地と近隣の団地を比較した時に、大正団地には「クラブ」ほかの施設と専門職員による日常的な補修・整備シ ステムが残ったが、近隣団地はそうした意味では何も残っていない。この間、整備のために費やしたお金はほぼ同水準ということが、小澤さんの自信を支えてい る。

 大正住宅管理組合の三十五年間の歩みは、「住民の、住民による、住民のための」管理ということの、一つのユニークな実験として、参考にしたい要素は多 い。

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