月刊 千葉ニュータウン2009年2月14日号


 現在、本埜村の行政、議会は、いかにも異常≠ナある。第1面でふれた合併問題への対応もそうだが、他の多くの問題、局面で、どうみても異常さ≠ホかりが目につく。

 本シリーズでは、そうした異常な事例をいくつか拾ってみる。

 最初に取り上げるのは、議会や村民の中から「人権を蹂躙したパワーハラスメント」の強い疑いがかけられている事案である。当事者は、今のところ一斉に口を拭って、誰も真相を語ろうとしないが、直接の当事者が口を開こうとしない(開けないでいる)状況こそ、今の本埜村政の陰湿な体質そのものであるという怒りをこめて、あえて本紙上でこの問題を告発する。

  不自然な事実-1   本埜村道2119号線の栄町との境界に近い地区で、平成18年8月に190mの舗装工事が行われた。このうち、76mは村の発注として村の予算で工事費127万5000円が支払われたが、残り114mの舗装工事代金約170万円は、この舗装工事を担当した職員が自分で負担した。

 
 職員が、自分の担当した道路工事を自分のポケットマネーで負担するという、いかにも異常かつ不自然な行為について、村長をはじめとする本埜村執行部の公式説明は、「道路法第24条に基づく工事承認申請が匿名希望の個人から出されたのを村長が承認した」というもので、個人情報に関わることとして、それ以上の説明も確認も拒んでいる。

 道路法第24条というのは、たとえば道路下に埋め込まれている水道管の補修工事をするために、水道事業者が道路の管理者(この場合、本埜村)の承認を得て、道路の掘り返し等の必要な工事を自分の負担で行うケースなどを想定している。

 しかし、今回のケースで実際に起きたことを道路法24条で説明するのは、いかにも無理がある。道路法24条に基づき、個人が自ら希望して当該舗装工事を村に寄付したという説明には、あんな人通りも稀な、村はずれの、わずか114mという半端な道路の舗装費用を、あの場所に何の関係もない個人(担当職員)が寄付する理由、動機が全く考えられない。

 しかし、村執行部の説明は、実は説明にも言い訳にもなっていない

 第一に、道路法では「道路と他の工作物とが相互に効用を兼ねる場合において、他の工作物の管理者に当該道路の道路に関する工事を施行させ、又は維持をさせることが適当であると認められるときは、・・・・道路管理者は、他の工作物の管理者に当該道路に関する工事を施行させ、又は当該道路の維持をさせることができる」(第21条)とあり、職員が道路管理者(村)に代わって村道の舗装工事を行い、自分で工事費を払ったというのであれば、職員は道路工事を行った場所に何か「工作物」を埋め込んでいたことになる。

 いったい、村はずれのあんな場所に、職員がどんな「工作物」を埋め込んでいたというのか。仮に職員があの場所に「工作物」を埋め込んでいて、自腹を切ってでも道路を掘り返し、舗装して元に戻す工事をしなければならなかったのだとしたら、道路管理者はなぜそれを認めたのか、後になって公的に説明できるようにしておかなければならない。

 執行部は、議会での議員からの質問に対しても、「匿名希望」を理由に、この工事費を負担した職員の名前はもとより、ほとんどの情報を公開しない。

 そもそも、道路管理者が道路法24条にもとづく道路工事を、「匿名希望者」に任せることなど法律的に問題がないのだろうか。

 極めてナゾの多い道路工事であるにもかかわらず、村はこの件でほとんど何も説明しようとしない。いや、説明できないのだと考えるほかない。

    
 
疑惑の舗装工事が行われた本埜村道2119号の現場。一日中ここにいても、人と会うのはまれと思われる、辺鄙な村はずれ。職員は、こんな場所にどんな「工作物」を埋め込んでいたというのか。


  不自然な事実-2    その後この職員は、平成20年4月の定期異動で総務課長に異例の大昇進を果たした。年齢的にも、また同職員が他の課長ポストを全く経験せずに、いきなり村政上最も重職とされる総務課長に就任したことは、皆から驚きの目で迎えられたが、この時期に発行された「広報もとの」の人事異動記事では、総務課長名のところだけ何も記載がない。

 
 これも、最初の寄付行為者が「匿名希望」であることを理由に、舗装工事の寄付を行った職員と、現在の総務課長とが同一人物であることは、公式説明では認められていない。公式には認められていないが、寄付を行った職員がその後総務課長になった人物であることは、多くの人に知られた事実、いわば公認はされていないが、公知の事実である。

 すると、職員の寄付行為と、その後の総務課長昇進との間の因果関係が問題になる。この2つの事柄の関係としては、理屈の上では次のような仮説が成り立つ。

@「道路工事を寄付した職員が、偶々その後総務課長に昇進しただけで、2つの事件は相互に無関係」説

A「寄付=賄賂(総務課長ポストを170万円で買った)」説

B「寄付=罰金(職員が何らかの不祥事を起こし、その弁済として170万円を払った)」説

C「総務課長任命=村の贖罪行為(村の側に後ろ暗いところがあり、職員が蒙った不利益に対する補償として総務課長に任命した)」説


 まず、@、つまり職員の寄付行為とその後の総務課長昇進という2つの事件は、それぞれ独立した話で、両者の間にはなんら必然的なつながりがないという説であるが、これは現実には考えにくい。総務課長といえば、村の行政組織では村長に次ぐ実質ナンバー2の立場であり、そのポストに異例の抜擢をされたのだから、これまでの職員としての働き方、能力、性格等々、多角的に考慮されたはずであり、そうした考慮点の中に、1年半前の寄付行為が入っていなかったとは考えられない。

 突然話は変わるが、2008年のノーベル物理学賞を受賞した3人の日本人科学者の業績は、それまで素粒子が3個しか確認されていなかったのに、いや6個あるはずだという理論を発表し、発表から約30年後にこの理論の正しさが実験によって確かめられたというもので、何でも「対称性の自発的破れ」理論というらしい。

 物理学の世界で力学的な対称性を計算していって、素粒子や惑星の存在を予言し、後になって実験的にそれが確認されるのと同じように、生臭い人間社会の中でも「貸・借」「恩・義理」「親切・仇」「軒・母屋」等々、いろいろな「対称性」が成立したり、破れることで、人間関係や組織内の力学が動いていくというのは、日常的にわれわれ俗人が感じ、経験しているところである。

 職員の寄付行為と、その後の総務課長昇進との間の因果関係として、次に考えられるのは、最も直接的な因果関係として、A170万円の寄付行為で総務課長というポストを「買った」という、最も直接的な因果関係である。もしそうなら、これは非常に破廉恥なスキャンダルに発展しかねないが、ここはひとつ冷静に「対称性の破れ」理論を当てはめて、よく観察してみよう。

 村の側からみて、あんな辺鄙なところの道路の舗装を寄付してもらった見返りに総務課長というポストを差し出すのでは、「等価交換」にならない。だいいち、道路法24条関係だとすれば、職員の側に舗装工事を「やらせてもらう」必要があって、工事代金を払ったのだから、村の側から職員に恩を着せることはあっても、恩を着る必要は全くない。

 賄賂説では、「対称性の破れ」は均衡を得られない

   
  証言−1    職員が村道舗装工事費をポケットマネーで負担した行為は、自発的な寄付ではなく、この職員が犯した職務上の違反行為を咎められ、その弁済として工事費を負担する結果になったという、複数の証言がある。

 
 実は、職員の寄付行為は、単純な自発的寄付ではなく、職員が村長や上司の許可を得る手続きを怠り、工事を発注してしまい、後で責任を追及され、弁済として170万円の穴を埋めたという話も流れている。

 しかし、この場合職員は職務規則違反を犯して、その反省なり謝罪の一部として「カネで解決」を図ったことになる。こうした違反行為では「カネを返せばいいってもんじゃない」と、よく言われるように、それでも違反したという事実は残るのだから、1年半後に総務課長というポストが提供されるというのも、間尺に合わない。

 弁済説でも、「対称性」は「破れ」たままである。

   
  証言−2    職員は工事費を負担する事態になった時、「オレはハメられたんだ」と嘆き、悔しがったという話が、複数の証言者から得られた。

 この証言によると、職員は職務規則違反を犯したのではなく、舗装工事のことを上司も皆了解していたので、担当者として発注したが、後になって手続き違反ということで責任を追及され、ぎりぎりと追いつめられた挙げ句、根負けして自分で170万円を負担したというスジになる。

 今では、職員も当時の「ハメられた」発言などを否定しているが、当時信頼できる複数の人間が確かにこの話を聞き、記者に情報を提供してくれた。

 もし、これが本当だとすると、皆が了解していたのに、後になって職員が勝手に独断で発注したかのような話にしてしまい、職員を四六時中いじめ抜いた結果、精神的に参ってしまった職員が泣く泣く、自腹で170万円を負担したという、驚天動地のパワーハラスメント事件だった疑いが濃厚になる。

 これが真相だとすれば、このような非人道的で卑劣なパワハラ事件に関わった村の側もさぞかし寝覚めが悪かろうから、見返り(+口止め料)として総務課長ポストを提供したのだとしたら、話としては辻褄が合う。

 ここに「対称性」は「破れ」を補修し、見事に成立する。本埜村政の「ブラックボックス」の全容がわれわれの前に姿を現しはじめるのである。

 いま、関係者が皆口をつぐんでいるので、真相はすぐには明らかにはならないだろうが、こんな不自然で異常な話は、そうそう隠蔽し通せるものではないだろう。小紙としては、いずれすべての真相が明らかになることを期待して、取材を続けるが、こうした異常極まる事柄について、村の皆が口を開けるようになることが、本埜村が「普通の村」になる第一歩だと考える。

 その日までは、本埜村役場にお勤めの職員各位におかれては、せいぜい気をつけて職務に励んでいただきたい。特に、上司から何か命令が出た時は、どんな些細な事柄でも、必ず上司の署名・捺印入りの命令書をもらってから、職務を実施した方が宜しい。でないと、いつワナにはめられるか、わかったものではない。とんでもない「恐怖の職場」に、皆さんは勤めているのだということを片時も忘れずに、村政発展のために、(難しいだろうが)なるべく心身健やかに精励していただきたい。