座談会 里山のあるまちに住みたいね

ご出席     ケビン・ショート  ナチュラリスト、東京情報大学環境情報学科教授 
池田 志朗  里山協会代表、潟Aイ・シー・アイ代表取締役  
丹澤 正直  NPO法人「ラーバン千葉ネットワーク(RCN)」事務局長  
増木   豊  NPO法人「しろい環境塾」理事長  
 (司会) 武藤 弘  月刊 千葉ニュータウン 代表 
 月刊 千葉ニュータウン 第77号(2007年9月15日発行)所載 

都市と自然がバランスよく共生

 武藤 最初に、この地域の魅力、里山に囲まれた地域に住んでいて感じることといったころから話を始めていただけますか。

 ケビン 千葉ニュータウンに住むようになってちょうど20年経ちますが、この地域の魅力は、都会的なアメニティと、ニュータウンの周りの豊かな自然がバランスよく揃っていることです。ここよりも東京都心に近いところは、都会的な利便性ではここより優れているが、自然と接する機会は少ない。もっと地方に行けば、原生林のような自然は豊富だが、都会的なアメニティは得られない。

 千葉ニュータウン地域というのは、「都市」と「自然」とが本当にバランスよくミックスされた、世界的にもあまり例のない、すばらしい地域だと思いますが、そうした恵まれた環境、里山への関心がニュータウンの中でだんだん薄れてきている印象があります。私がニュータウンに移ってきて間もなくの頃、里山歩きを呼びかけると、定員をはるかに越える応募者があって苦労したものですが、最近はそれほど応募者が多くない。昔、駅前にも何もなかった頃、ここに移住してきた人たちの多くは、周辺の自然、里山が気に入ってここを選んだが、商業施設も揃った最近では、「利便性」や賑やかさに魅力を感じて来る人が増えているのではないかと思います。

 丹澤 私は、子供の時から木下という伝統的な市街地で過ごしてきて、ある時期にニュータウンが開発されていくのを見てきました。近くに、ニュータウンという買い物などに便利な街が形成されていく一方で、自分たちの住む木下地区は静かで、歴史や文化、利根川や谷津田などの自然にも恵まれているという、この環境を気に入っています。
ニュータウンがどんどん賑やかに、発展していく一方で、旧市街地が「取り残される」といった感じをもつ人もいますが、私はむしろ、ニュータウンはどんどん賑やかになっていってもらい、自分たち旧市街地は独自の街を保存したり、静かな環境を大事にしていきたい。旧市街地の人もニュータウンの大型店に買い物に行く一方で、ニュータウンからも旧市街地の伝統的な店、他にはない個性的なスポットにやってくるというのが理想です。

 ケビン 東北などの地方に行くと、一生都市型アメニティにふれない地域というのも珍しくありません。映画を観たかったら、ビデオを借りてくるしかない、いやそのビデオ屋もない町も少なくないのです(笑)。その意味でも、都市と自然、旧市街地とニュータウンの両方が存在する、この地域は恵まれているし、両方を楽しむというのが、この地域に住む、一つの知恵だと思います。

 武藤 マイナーな面として、ニュータウンに大型商業施設が進出することで、旧市街地の古い店がさびれていくという声もあります。

 丹澤 ニュータウンにできる、安くて品揃えが良く、明るい店に皆が行くというのは、ある意味当然のことです。これから都市機能と里山文化が一緒になっている、この地域の良さを多くの人が認知してくるにしたがって、ニュータウンの人たちが、安さとか便利さだけでなく、「この店は残したいから」「この伝統を守りたいから」といった理由で、旧市街地の店や場所を訪れるようになる。そのためにも、ケビンさんの言う都市と里山の共存した地域の良さを皆で認識してもらうことが大事だと考えています。

 (左から)増木 豊氏、丹澤正直氏 池田志朗氏、ケビン・ショート氏 

「点」から「面」へ

 武藤 そういう認識を広めていくためにも、旧市街地も里山も、もう少し情報発信していく必要があるのではないか、ニュータウンの人間から見ると、旧市街地の伝統的な店、残したい文化といったことについて、あるいは先ほどケビンさんが言われた、里山への関心を高めるための情報発信といったことが、まだ不十分というか、あまり伝わってこない面があります。

 丹澤 旧市街地からの情報発信とか、関心の醸成といったことで言うと、まだ「点」的なものにとどまり、なかなか「面」的な理解に行っていない。残念ながら、現状はまだ、川めぐりとか、お煎餅、蔵など「点」だけで情報発信したり、まちづくりを考えている段階です。「面」(ビジョン)がないままで、「点」だけで考えても、この街の良さは発信していけない。

 池田 「点」だけで考えていくと、結局「それぞれのお店が自己責任で」みたいなところに行ってしまう。この地域をトータルに考えていく上で、ニュータウンと旧市街地という2つの目玉、軸があって、それを里山が取り囲んでいるというとらえ方が必要ですね。そうしたとらえ方に立って、この地域の良さ、魅力、この地域に住む楽しみのようなものを、これ以上は行政に頼ってもムリなので、NPOなどの市民活動や地元メディアが徐々に広めたり、浸透させていく必要があると思います。

 ケビン 旧市街地はクルマ社会に対応していないという点でも、ニュータウンの人たちからはアクセスしにくいのではないか。

 武藤 木下の場合、外側に十分な広さの駐車場を設けて、そこから歩いてもらうといった形が必要では?

 丹澤 ドイツのフライブルグなど、街の外に車を停めて、中には車はノーというやり方で、そうするとクルマ社会に対比した文化が生まれると思う。そういう逆説的な文化が生まれてくると面白い街になりますね。ヨーロッパの中世都市など、街の外側に車止めをしていたり、街角でいかにも不便そうに駐車している車をみかけますが、そうしたことが街の個性や魅力をつくっていると思います。

 増木 木下の話が出ましたので、ちょっと。昨日、市民大学校の受講生から頼まれて木下街道の案内役を務める機会がありまして、またわれわれの活動の舞台である延命寺近くの旧平塚分校の有効利用を検討する委員会の活動などを通して、旧市街地のまちづくりということを考えてきました。

●ますき ゆたか●
NPO法人「しろい環境塾」理事長。しろい環境塾は、2000年創立、2001年NPO法人化を果たし、里山保全、農業支援、子どもの環境教育などに取り組んでいる。しろい環境塾は、現在正会員75名、賛助会員22名。 

 木下街道は、銚子からの海産物を江戸へ運ぶ「鮮魚街道(なまみち)」として機能していたわけですが、大森、白井、鎌ヶ谷など各宿(しゅく)で荷物を積み替えたり、通行税を取られたり、はたまた通行税を逃れるために「抜け道(ぬけみち)」を通ったり、といったことから、ルートもなかなか複雑に、曲がりくねっていたことが、あまりオーソライズされていない伝聞や文書を調べることでわかってきます。つまり、節税策の一つとして、メインストリート、脇道、抜け道と、さまざまなルートが「開発」され、蛇行していったわけですね(笑)。まちづくりには、このような歴史的な視点も組み込んでおきたいものです。

 里山の話に移ると、しろい環境塾では里山保全活動の一環として、山林約6ha、休耕田約2haを管理しています。耕作放棄地を所有している農家から借りるのではなく、農家に我々に任せてみませんかという申し入れをして、ボランティアで農家に代わって草取りなどをする。こうした関係が定着すると、農家の方から「作物を植えたら」と言われるようになる。ニュータウンの人たちが里山保全活動に参加するには、やはり自分たちの作業の結果、景観がよくなる、作物がとれるという目に見える成果があることが大きな魅力となります。

 現在、しろい環境塾は正会員が75人ほど、賛助会員22人が参加しています。この人たちが気が向いた時に作業に参加してくる。全く各人の自主性にまかせた参加だが、たくさんの人が毎日作業しにやってきます。主催者として工夫しているのは、1日働くと何らかの結果が出るようなプログラムを組んでおり、そこで達成感が得られるように工夫しています。

 丹澤 RCNも楽しいことを中心にプログラムを組んでいます。今年で11年目をむかえる「コスモス・里山まつり」でいえば本番の10月6・7日にそなえてコスモスを育てるわけです種をまく段階から。作業そのものはちょっと大変ですが、それは1時間半で終え、その後は「お楽しみ」が待っています。例えば、コスモス畑の草取り作業が9月16日に予定されているのですが、ものすごい広い面積の草取りをやる必要があるわけです。
そこで、作業は10時から11時半までとし、その後は今年採れた新米を農家の人たちが炊いた昼食を皆で食べます。また、参加してくれた子どもたちのために、午後は栗拾いとか、苦しい作業の後には楽しいことが待っているわけです。

農業生産のシステムとしての里山

 池田 そうした市民活動が活発に行われるのは素晴らしいのですが、同時に里山が今後も永く保全され、持続可能性をもっていくには、やはり農家が自分で経営していけるということが基本になると思うのです。システムとして里山が機能し、そこで農家が生活できることが、持続可能性ということです。

 ケビン ニュータウンの周りの里山を本当に守るなら、先ほど丹澤さんが「点」から「面」へ、ということを言われたが、「面」として守るというのは、農業政策として展開していくことが必要なります。ある地域を県立公園にしたり、草深の森のように一定の森林を地主から借り上げたり、あるいは佐倉市の「アゼッタ」のような試みは、ニュータウンの周りに広がっている里山全体からみれば、数パーセントにしかならない「点」を守っていることにしかならない。
Kevin MacEwen Short
日本の自然、文化に魅せられて1973年上智大学入学、75年卒業。87年より印西市に住み、「里山自然」のフィールドワークを開始。91年スタンフォード大学文化人類学生態学専攻課程で博士号取得。2001年4月より東京情報大学総合情報学部環境情報学科教授。 

 自然環境や里山を「面」として守るのであれば、現役の農地として里山を維持していくしかない。だから、何らかのかたちで農業者を組み入れて考えていかないと、里山を守っていくことはできないと思います。

 池田 昨日NHKテレビで「世界里山紀行―フィンランドの里山」という番組を観ました。フィンランドの里山というのは、「森と人間」のドラマなんですね。ところが日本の場合は、農業が中心にあって、その回りに森林などがある。われわれは「里山」と聞くと、何となくノスタルジックな風景をイメージしますが、そうしたイメージだけでは里山は守れない。

 そうではなく、人間と農業という生産のシステムを中心にして、農業の一環としてある山林、平地林や斜面林というものが動いていくことが必要です。さらにいえば、農業という生産システムがあって、それを取り巻く社会経済システムの総体を里山と呼ぶべきではないか。里山が残る、残らないという時に問題になるのは、このシステムとしての里山だと思います。

 ケビン システムとして残らないと、「点」として一定の地域が残ったとしても、今までの里山とは全く異なった生態系、自然として残るということです。たとえば、米を作るのをやめた田んぼは湿地として残ったり、あるいは雑木林なども手入れしないで放置しておくと、どんどん原生林になっていってしまいます。僕はここに来て20年しか経っていませんが、その20年の間でも森の組成がずいぶん変わってきています。明らかにアカガシとかシイなどの木が大きくなっていて、このまま50〜60年経つと、コナラ、クヌギなどの雑木林がなくなってしまうでしょう。

 もちろん、そういうかたちで自然を残すこともできるでしょうが、僕はどちらかというと先ほど池田さんが言われた、生産システムとしての里山、つまり文化的なものを含めて残したい。

原生自然に戻すか 里山として残すか

 池田 ケビンさんが言われるは、日本の里山というのは、自然の力が強いところで人間が関与して、生物多様性がより豊かな自然に育てていった、世界で最も成功した例ということですね。もう少し自然の力が弱いところでは、たとえばイギリスのヘッジローのシステムがある。
●いけだ しろう●
潟Aイ・シー・アイ代表取締役。各地の地域再生ニュータウン整備事業コンサルタント活動の経験を踏まえ、千葉ニュータウンに「ラーバン」コンセプトを導入、今年、社会経済システムとしての里山の復活再生を期して、「里山協会」を結成、全国各地でその実現化活動に取り組んでいる。

 一方、照葉樹林に戻そうというのも一つの考え方で、たとえば宮脇昭さんのように「鎮守の森に戻そう」という考え方もあります。この考え方には、私も共感するところもあるのですが、これはどうせダメになっていくのなら照葉樹林として残そうということであって、生物多様性という点では今の人の手が入った里山の方がより豊かなのではないでしょうか。

 ケビン どちらが豊かかということは決めにくいと思いますが、少なくとも日本では、人の手が入らなくなるとすぐ原生林に戻ってしまう、その場合失われるのは「文化」だという言い方はできると思います。

 丹澤 その点がこの地域で最も特徴的なことだと思います。つまり、ニュータウンの周りには放っておけばすぐに原生自然に戻ってしまう里山がある。里山というのは、原生自然だったところに人の手が入ることで維持されてきたところだから、逆にいうと、人の手を入れやすいかたちでの自然が豊かに残っている、ここのところでニュータウンの人たちとの接点が出てくるのではないかというのが、個人的にずっと意識してきた点です。

 ケビン しかし、農家の生活の場としての里山が消滅していって、最後に草深の森とかNPOの人たちが努力して維持する里山が残ったとしても、それは野外民俗博物館のようなもので、「昔はこうだった」という教育の場としては残せるだろうが、それは本来の里山、現役の農家がそこで生活している里山とは違うんですね。

 武藤 昨日のNHKの「フィンランドの里山」を観ていて印象的だったのは、あそこに出てくる人たちが森の生産物である木を生活の中でいろいろと使っているんですね。木を生活の中で使うことで、森を中心とする里山というシステムが回っている。そこで、もう一度先ほどの生産システムが回っていく条件のような話をもう少し踏み込んでいただけますか。

 池田 先ほど、@原生自然へ戻していく、A今の里山型の自然として残すという2つの方向があるという話をしましたが、少し別の面からみると、経済的な側面から必然性があるのかどうかという論点があると思います。経済的な面でいうと、今の日本は「安いから買う」、生活に便利で安いものであれば、中国からでもどこからでも買ってくるというスタイルです。

 しかし、21世紀は資源争奪戦の時代だといわれ、水も食料もエネルギーも早晩足りなくなることが明らかなわけです。今は、安く買えるからいいかもしれないが、こんなスタイルがいつまで続くのか、10年後、20年後もこのままやっていけるのかという議論が一方で出ています。

 そうすると、日本の国内でかなりのものを自給しなければいけないという時代がやってくる確率は高く、そうなった時に今の里山のシステムがかろうじて維持されているかどうかは大きな問題です。その時には里山が経済的にも成り立ってくる可能性が高く、われわれの活動はそれまでの過渡期の10年、20年をいかに地道につなげていけるか、橋渡しと考えることもできるのではないか。そうした過程が結果として「文化」として残っていくのだと思います。

 増木 しろい環境塾は、まさに今言われたことを最初に掲げて活動をスタートしたのですが、大方の反応は「何を大げさな」といったものでした。その頃気がついたのは、白井ではすでにシステムとしての里山がなくなっているということでした。薪炭燃料はガスに切り換え、肥料も自然の堆肥を使わず、牛馬もいなくなって、里山の必要性がなくなって、今や負の遺産となっているのです。

 農業を何とかしなくては里山の保全は成立しないとの思いから、里山管理の負担をわれわれが肩代わりしましょうということで、農家の人たちが少しでもラクになってくれればと思って活動しているのですが、そうした効果よりも、後継者がどんどん去っていっている方が大きいのです。そして、里山は資材置場などになっています。

 次の手として、休耕地や耕作放棄地をわれわれが管理しましょう、その生産物や運用の上がりを農家へバックできるシステムを現在模索しています。

 ケビン (航空写真を皆に示しながら)印旛沼、手賀沼に囲まれて、南は八千代、船橋など都市化が広がっている、真ん中を北総線が通っているこの地域がいかに自然に恵まれているかがわかります。この広大な自然の中には公園とかNPOが管理する地区などが「点」として含まれているが、圧倒的に大部分の緑は里山であり、こういう地域、自然を「面」として残そうとしたら、農業対策として取り組む以外に方法はない。そうしないと、気がつかないうちにどんどん自然が失われていくでしょう。

消費者の立場で何ができるか

 丹澤 現代の資本主義社会の中で、農業対策として里山を残そうとしたら、農家の生活が成り立つような仕掛けを考えていかなくてはならない。しろい環境塾やRCNも、これに取り組んでいるわけですが、もう一方でニュータウンに住む都市住民が消費者として農家をどう支えるかということがあります。
●たんざわ まさなお●
1995年12月「ラーバン千葉ネットワーク(RCN)」創立、2000年2月NPO法人化。その間1997年に「田園と都市が寄り添うまちづくり」活動の一環で、ドイツの里山を視察・研修。木下地区のまちづくりと里山保全に取り組む。

 たとえば、私は米、野菜、梨、イチゴなどは、農家を決めてそこから買うようにしています。私がつき合っている米づくり農家は、「ヒルがいない田で穫れた米なんかダメ」といっています。ヒルがいるということは農家が農薬の散布をセーブしていることになります。そういうふうに、われわれが消費者として地域の農家を知り、直接あるいは農産物直売所で地元の農産物を買うことが、この地域の農家、ひいては里山を支えることになります。

 ただ昔と今とでは、生活スタイルが変わっているので、消費者が環境保全という視点で地域の農家の人と共存し協力する姿勢を強めていけばそれが里山という自然公園を残すことにつながっていきます。

 そのことは、ドイツのシュトゥットガルトを訪ねた時強く思いました。シュトゥットガルトでは、150年かけて都市を囲む公園を造っていった、ドイツではそうやって環境保全を進めてきたのだな、こういう取り組みを日本でもできるのだろうかと思いながら、日本に帰ってきたのです。

 そうして改めて千葉ニュータウンを見渡してみたら、ニュータウンは丘(北総台地)の上にあって、回りを広大な自然公園が取り囲んでいる。ドイツで150年かけて造ったものが、ここでは後から建設されたニュータウンと、2000年前からはじまった稲作文化によってかたちづくられた里山公園で、できているのだということに気づきました。シュトゥットガルトが世界的な公園都市と呼ばれるのであれば、われわれの住むこの地域もそれに劣らぬ環境だと思います。それには、都市を発展させながら里山環境を残していくことであり、里山システムを取り入れことによってできる日本型の循環型都市をめざしていくべきだと思います。

 ケビン 佐倉市にも成田市にも里山自然は存在するが、千葉ニュータウンの地域はそれらとは比べものにならない、広大で豊かな自然環境が残っている。それでいて、都市的な利便性もあり、この2つの要素を満たしているところは他にはない。

 池田 これだけの緑豊かなニュータウンに似ているところがあるとすれば、イギリスのミルトンキーンズが少し似ているかなと。あそこは、平らな地形、広さなどからつくば学園都市にも似ていますが、それでも千葉ニュータウンの方が緑の厚さ、多様な変化に富み、水もある。これだけ豊かなニュータウンというのは、イギリスの37ヶ所のニュータウンにも例がないですね。

 武藤 そうすると、やはり少し心配なのは2つあって、一つはニュータウンの開発がどんどん進むことによって自然が失われること、もう一つはニュータウン以外の地域での乱開発です。

 ケビン ニュータウン開発の方は、これ以上は開発される計画がないので、そちらは心配ないでしょう。むしろ、ニュータウンの外側の里山が市場経済の波をかぶり、私有地が知らず知らず住宅や商業地に変えられることが問題でしょう。

 池田 大きな柱は2つあって、一つは農業の再生、もう一つは農業以外のところで支えるシステムを考えないといけない。

 丹澤 純粋に農業の再生というのは、今の社会経済では難しく、もう一つは発展してしまった都市から里山に対して何が提供できるのかということだと思います。

 池田 いま何もしないで、市場経済にまかせておくと、5〜10年後には産廃業者やミニ開発の「天国」となり、里山がそういうかたちで失われていくでしょう。すでに白井などでそうしたかたちでの「開発」が進んでいるところもみられます。

市場原理と里山保全

 増木 白井でいいますと、とくに北総線の南側では、斜面林のような地区は別として、平地ではミニ開発が虫食い状に進められ、里山といえるような場所は、大邸宅の回りの林などを除いてほとんど残っていません。これがおよそ10年くらいの変化です。平地林は、市場経済にまかせていたら、早晩全滅してしまうでしょう。

 開発が進むことで、これまで地下水が二重川などに流れ込んでいたのが、現在は雨水はすべて下水に入るようになり、川の下流部が干上がってしまい、そこで繁殖していた稀少生物や田んぼで餌を漁っていた生物もダメージを受けている。白井地区の「みたらしの池」も、工業団地の工事が終わったら、湧水がほとんど枯れてしまったなど、地下の水脈がどうつながっているかも見ておかないと、直線距離で数キロ離れた場所で水が涸れるなど深刻な影響が出ることもあります。

 丹澤 昨年12月の里山タウンミーティングでは15団体が参加し、環境への関心の高さをうかがわせた。こうした関心の高さを踏まえて、農業以外の分野を考え、どんなことが言えるだろうか。

 ケビン NPO団体が活動したり、公園を整備することで、最低限の(「点」としての)里山自然は残るでしょうが、トータルの里山環境や里山文化は農業システムとリンクする以外にはむずかしいでしょう。

 池田 里山を農業システムとして残すという場合、経済的に成り立つことが条件となるが、それはもちろん何もかも市場原理にまかせてしまうということではない。経済性ということを考慮しつつ、しかし純然たるNPOなどとも違った事業を考えていく必要があるということで、例として3つの柱を提案しています。

 第1は、非常に安いコストでちょっとした住める場所と、50〜100u程度の農地が手に入れられれば、都市の住民が農業に従事できる「ダーチャ・システム」と名づけています。ソ連が崩壊した時に、ロシアの人たちが生き延びられたのは、郊外に別荘をもち、そこで作物を作ったり、隣人と交換したりして、何とか生き延びられたというエピソードを参考にして名づけたのですが、いずれ日本もそういう時代になるよという警鐘もこめたつもりです。

 2つ目は、里山パークというかモデル的な公園を造っていく。たとえば、NPOが古民家を再生して、そこを活動拠点にし、そこへ行くと昔からの農家のやり方が体験できるなど、いろいろなことが考えられる。

 3つ目は、里山墓苑。といっても墓石を並べるのではなくて、里山にお骨を埋め、目印だけを置く。袖ヶ浦市のお寺では、一人当たり70万円で募集する。ここの住職は、ずっと里山保全に取り組んできた人で、寺が里山保全に何ができるかを考えて、里山墓苑を考案し、市から墓苑として認可された。供養料を集めることで、里山が経済として回っていくわけです。

 武藤 今日は、里山の保全活動に自ら汗を流している方々や、広い視野からこの地域の里山を見つめ、その価値を社会的に認知させる上で、意義深い活動を展開されてこられた皆様からたくさんの貴重な話を聞くことができました。

 われわれが住んでいるこの地域は全国的にも、あるいは世界的にみてもきわめて特徴的な環境、非常に豊かな里山自然に抱かれるようなかたちで千葉ニュータウンがあるのだということがよくわかりました。ニュータウンと里山が別々に存在するのでなく、里山があってこそのニュータウン、里山に抱かれたニュータウンに住める幸せといったことを改めて感じます。

 しかし、そうした素晴らしい里山が、農業がおかれた厳しい環境の中で、注意深い保全の努力なしには急速に失われてしまう。そうさせないために、ニュータウンに住むわれわれは何をすべきかといったことを重く考えさせる内容が、皆さんの話の中にたくさん含まれていたと思います。これからも、ここに住む皆でこの問題を考えていきたいと思います。

 本日は、どうもありがとうございました。