[1]神社・寺

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神社仏閣を排除したニュータウン

 千葉ニュータウンの周辺一帯には、さまざまな神社や寺が散在している。しかし、これはあくまで「周辺」地区の話であり、ニュータウンとして整備されている地区にはそうした施設が一つもない。最近そのことに気づいて、非常に不自然な感じがしていたが、大手ゼネコンに勤務する知人から話を聞いて疑問が解けた。

 要するに、都市基盤整備公団とか県の企業庁など公的な機関が整備するニュータウン計画では、整備地区の中に寺や神社などを祀っておくのは、憲法第20条(いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない)との関係で「ヤバイ」話なのであり、下手をすれば、違憲訴訟を起こされかねない。だから、ニュータウンの開発などでは寺や神社は真っ先に排除される、あるいはそうしたものが存在する地区は、あらかじめ計画区域からはずされるということのようだ。まさにさわらぬ神にたたりなしというのが、ニュータウン整備の基本ポリシーのようである。

 さらに都市基盤整備公団にいる知人にこの点を確かめると、憲法20条云々には直接ふれなかったが、ニュータウン計画というのは、そもそも最初に計画区域内にある「事業目的に沿わない施設等」を、土地収用法を使って区域から排除(移転)する作業から着手するものらしい。

日常生活の中の神サマ仏サマ

 しかし、問題は憲法だの土地収用法といったおどろおどろしい話ではなく、神社仏閣が一種の地域の整脈装置として機能してきた、そうした役割を、開発者側の都合だけで消滅させてしまっていいのだろうかという点にある。このままでは、大都市圏の住宅地を開発するたびに、神も仏もない地域が広がっていくだけではないか。

 だいたい、ニュータウン地区から一切の宗教的な施設を排除した当の開発関係者だって、何か大きな工事を起工する際には神主を呼んでお祓いをしてもらったりしているのだから、ズルい。ニュータウンに住む人たちも、お正月になると申し合わせたように初詣に出かけ、家内安全、商売繁盛、合格祈願、交通安全、その他諸々の願い事を、わずかなお賽銭で神や仏に頼む。

 つまり、ニュータウンというところは、それを整備する人たちも、またそこに住む人たちも、自分に都合のいいときだけ、神サマに勝手な頼み事をする、そのくせ自分のテリトリーには神や仏が入ってくるのを拒絶するという、神サマの立場からみれば、この上なく身勝手でバチ当たりな町ということになる。

古い寺社を守る人々

 ニュータウン地区からはずれた、いわゆる旧街区にある寺や神社は、地元の人たちが境内を清掃したり、元旦には餅やミカンなどをお供えしたりすることで細々と命脈を保っている。わが家のほど近くにある結縁寺の場合も、周辺の41戸の檀家が、この由緒ある寺を支えている。

 毎年9月28日には、住職(松虫寺の住職が兼務)が護摩を焚き、ご本尊を開帳するなかで、檀徒一同今年の収穫や一年の無事を祈ったり、感謝する。国の重要文化財に指定されているご本尊を一度見てみたいと思っているが、檀家の人たちにとっては、文化財かどうかよりも、自分たちの守り神として、代々この寺を守ってきたことを思うと、またもや無節操でテンポラリーな信仰心でご本尊を拝むことには引け目を感じてしまう。

寺社のないまちづくりがわれわれの精神構造に与える影響

 西部劇には、砂漠のど真ん中に町を造る人たちが、まず教会を建てる場面がよく登場する。歴史の浅いアメリカ人でさえ、そうした装置がコミュニティになくてはならぬことを知っていたのである。二千年間、八百万の神々と生活のさまざまな場面でつきあってきた日本人のコミュニティから社寺仏閣を排除してしまうようなやり方が、長期的に日本人の精神構造に影響を与えないはずがないと思う。

 その意味で、ニュータウンの整備というのは、日本人の精神構造に関する壮大な実験を行っているともいえるが、実は、この実験結果は、すでに少しずつわれわれの前に姿を現わしつつあるのではないか。

 阪神大震災で、リュックを背に全国から集まったボランティアの若者が、参加の動機として「自分探し」という言葉を口にした。彼らの手記を読むと、地域・社会と自分との関係がまったく見えなくなっていることに対する心細さ、悲痛な叫びのようなものが感じられる。幸い、彼らはボランティア活動に参加することを通して、地域・社会と自分との絆を見つけるきっかけをつかんだわけだが、そうした契機を見つけられない若者はほかに大勢いると思われる。

 そういえば、神戸の酒鬼薔薇少年の手紙に、自分を「透明人間」にたとえる箇所があった。「透明人間」という表現には、自分と社会との関係に対する、はてしないニヒリズムを感じざるをえない。

 和歌山のカレー事件の報道でも、自治会や地域の行事や活動に対して、ちょっとした参加や協力も「負担」と感じ、それを忌避する住民の存在が、事件の背景として透けてみえる。若者も大人も病んでいるのである。

合理主義では解決できない迷路

 もちろん、こうした事象がすべて連続的につながっているわけではないし、住宅地から社寺仏閣が排除されてきたことだけに責を帰することはできないが、コミュニティとの関係のもちかたという点で、われわれが深い迷路に陥っていることは確かだろう。コミュニティとそこに住む人々との関係には、近代的な合理主義や民主主義だけでは片づかないものがあるのである。

 そうした要素をコミュニティを支えるソフトウェアと呼ぶとすれば、過去数十年間進められてきたニュータウンなどの整備事業は、ハードの整備を精力的に進める一方で、古くからのソフトウェアを片端からぶちこわしてきたプロセスということもできる。

 これは、合理主義というより、現代日本人の浅知恵と呼ぶべきではないだろうか。

「千葉ニュータウン新聞」1999年3月15日号所載