[7]駅前公衆トイレ(2)

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汚い話題がなぜか受ける?

 本連載を読んで、時々声をかけてくれる人たちの反応を独断と偏見で整理すると、なぜかあまり上品でない話題で「面白かったよ」と言って下さる方が多いような気がする。要するに、肥溜めとかトイレといった話題が受ける傾向が歴然としているのである。書く方が下品なのか、読む方が上品でないのか、たぶん両方なんでしょう。

 前回「駅前公衆トイレ」の問題を取りあげたところ、早速知り合いのSさんから電話がかかってきた。Sさんは団体職員で、公衆トイレの問題は、これまで仕事の関係からいろいろと関わってきたとのことで、早速かかってきた電話での横着な取材が始まった。Sさんによると、トイレを設置する側はする側で、いろいろと厄介な問題があるので、そうした問題に配慮しながらことを進めていく必要があるとのこと。

 トイレは汚いものというイメージがつきまとうが、単に排泄物を扱う汚さというのとは別に、利用者が意図的によごす汚さも、公衆トイレにはつきまとうというのが、関係者がかなり頭を痛める問題らしい。落書き、器物損壊といった問題が、公衆トイレにはつきもののようで、昔私の知り合いのさるご老体は、全国の公衆トイレの落書きを書き写してきて、一冊の本にまとめ、仲間内から「トイレ博士」なる称号を賜った。なかには大変な傑作で消すのが惜しい落書きもあるようだが、それでも管理者からみれば困った事態にはちがいない。

 そうした問題は、たとえば国立公園のような場所にトイレを設置する際にも、あらかじめいろいろな問題を考えておかなければならないらしい。設置する場所によっては、トイレは管理の問題、治安の問題と、さまざまな問題と背中合わせに存在するというのが、Sさんの解説である。

豪華トイレはなぜ豪華なのか

 最近、あちこちの市町村で豪華トイレが設置されて、話題になっているが、これももとはといえば、汚されない、壊されないトイレにするにはどうしたらいいかと知恵を絞った結果、いっそトイレ離れした設計にしてしまえということになったらしい。

 そういえば、国鉄が民営化されてJRになった時、あるJRの経営者が社員に対して呼びかけた何項目かのメッセージの中に、「駅のトイレをきれいにしよう」というのがあった。その後たしかに駅のトイレは、以前と比べれば見違えるほどきれいになった。そのことと、JRの駅員の愛想やサービスがよくなり、一般乗客が民営化を実感していくプロセスが並行して進んでいった印象がある。

 そのようなエピソードを拾っていくと、一口にトイレといってバカにしてはいけないという気分になる。落書きにしろ、豪華トイレにしろ、あるいはJRのトイレ史にしろ、単にトイレだけの問題ではなく、世相というか何かそれなりの意味を秘めたり、象徴しているにちがいない。

 そうした点を含めて、改めてニュータウンのトイレ風景を利用者側の視点から考えてみたい。

民間活力で公衆トイレを

 都市化や宅地化が進み、以前のように簡単に立ちションができない環境になってきた。また、車社会化が進み、街の風景が以前とはまったく違ってきているので、新しいトイレのあり方について検討が必要になっているのだと思う。

 
トイレの3K(汚い、壊される、管理が大変)問題から、公的部門が公衆トイレを敬遠したり、及び腰になった結果として、新しい街では公衆トイレがなくなってしまった。一方で、たとえば徒歩で街を行く人、自転車の人、自動車の人と、従来とは異なったパターンのトイレ・ニーズが生まれてきているのではないか。たとえば、マイカーの人にとっては、従来型の公衆トイレよりも、駐車場付きの施設の中のトイレの方が使いやすいだろう。

 「ニーズのあるところにはチャンスがある」という言葉がある。このような街の構造の変化、人々の行動パターンの変化といったことを織り込みつつ、トイレ・ニーズをうまく取り入れることは、公的部門というより、民間のビジネスにとってむしろ新しいチャンスが生まれているのかもしれない。

 一見何の関係もないかにみえる二者が実は深く結ばれているといったことが、現在の複雑な社会の中では時として起こりうる。あるコンビニ本部で、客の購買パターンをコンピュータを使ったデータ・マイニングという手法で分析した結果、ビールと紙おむつを一緒に買っていく客が多いことが発見され、その後商品の並べ方にこの発見が生かされたという実例もある。

 となると、上述のような新しいトイレ・ニーズも、もしかするとビジネスチャンスを提供しているのかもしれない。このビジネスチャンスを生かすのに一番近いところにいる業種としては、コンビニ、ガソリンスタンドなどが考えられるのだが。

 そんなとりとめもないことを考えながら、先日近くのセブン・イレブンで買い物をしていたら、店の奥のドアにはっきりとトイレ・マークが示されているのに気がついた。はて、このマークは前からあったっけ? 以前はたしかのっぺらぼうのドアだけがあって、客が恐縮しながら店員にことわってトイレを借りていた印象があるが、ポリシーが変わったのかしら。若い女性の店番に聞いても要領を得なかったが、ポリシーを変えて、ある程度積極的に来客のトイレ・ニーズに応えようとしているのだったら、「さすが」という気がする。

 親会社が華々しく銀行業務への進出を図っている一方で、こつこつとトイレ業務を自家薬籠中のものにしようと地味な努力を続けている(?)セブン・イレブンはやっぱりエライ。

「千葉ニュータウン新聞」2000年1月15日号所載