[10]チャンバラ広場

薪も水田も知らない世代

 二〇年くらい前、夏のキャンプ場で目撃した光景である。親子が一緒に自然の中で数日を過ごすキャンプで、お母さんたちは夕飯の仕度で米をといだり、野菜を切ったりする一方、お父さんたちは薪をもってきて火をおこそうとしていた。その時、小学校低学年くらいの女の子が「お父さん、この木からガスがでるの?」と聞いたのである。

 もう一つ、ほぼ同じ頃友人から聞いた話がある。

 この友人が貸し農園で汗を流していると、隣の区画で若い母親が何か白い粒をまきながら、一緒にいる幼児に説明しているーー「いい、××ちゃん、お米はこうやって種をまいて作るのよ」。

 
畑である。しかも、若いお母さんが撒いているのは、どうみても精米した米らしい。友人はこの光景を目にして、背筋が寒くなるような、何か不気味なものを感じたという。

 二つのエピソードを並べてみると、
自然から隔絶したライフスタイルが、ここ数十年の間に相当進んできたことがわかる。ともに、二〇年くらい前のエピソードということは、第一のエピソードに登場する女の子は、いま二〇代後半から三〇代、そろそろ結婚して子どもの一人くらいいてもおかしくない年代になっているはずであり、第二のエピソードに登場する若いお母さんは、今では四〇代後半から五〇代にさしかかり、早い人なら孫ができる世代ということになる。

 つまり、少なくともすでに三世代にわたって、
木を燃やすことを知らない世代や、米というものは苗床にモミを撒いて、苗に育ったところで水田に植えてやるものだということを知らない世代が育ち、さらにこの人たちによって子どもや孫たちが育てられていることになる。

チャンバラが子どもたちの想像力を刺激する

 自慢するわけでは、実はあるのだが、私は子どものころチャンバラごっこだけはめっぽう強かった。体操だの球技ではいつもチームの足を引っ張る存在だったが、どういうわけかチャンバラだけは誰にも負けなかった。ある時ガキ大将から学校の裏山に呼び出しを受け、クラスの男生徒全員が取り囲む中、ガキ大将と私が一本の棒切れをもち、「決闘」をする羽目になった。

 形は決闘でも、下手にこちらの棒が相手に当たり、怪我でもさせたら後がこわい。だから、こちらから打ち込むわけにはいかない。だけど相手からの攻撃をそのまま身体で受けるわけにもいかないので、かなりの時間相手の執拗な攻撃をすべて棒切れ一本でかわし、ついにかすり傷一つ負うことなく、この決闘に完勝した。最後は相手がネを上げてしまい、
爾来ガキ大将を含めて、チャンバラで私に向かってくる人間はいなくなった。

 もちろん、チャンバラなどという科目は体育の時間割には組み込まれていないし、
乱暴で封建的な遊びということで学校からは白眼視されることが多かった。しかし、チャンバラという遊びは、いろいろな要素を集大成していた面があって、まず自分の刀を作るところから始まり、次にそれぞれのイマジネーションで、自分の好きな剣豪になりきり、相手と渡り合う。

 但し、その後は筋書きのない展開だから、だいたい最後は銭形平次の飛礫をモロに顔面に受けた宮本武蔵が泣きながら家に帰ってしまうなど意外な結末が待っている、
身体を張ってのロール・プレイング・ゲームであった。

必要なのは子どもたちの創意工夫が発揮できる空間

 こういうチャンバラごっこをどこでやっていたかというと、秋の刈り入れが終わった後の田んぼとか、家の庭から表の通りにかけての一帯だった。その頃は車などほとんど走っていなかったから、子どもが突然通りに飛び出してもどうということはなかった。

 そういう遊び場がどこにでもあり、子どもたちは
季節ごとに最適の遊び空間を選んで、自分たちで工夫して遊びを編み出していた。夏は小川をせき止めて水浴び場を造り、冬雪でも降ろうものなら、そのワキの坂道は子どもたちの歓声とともにソリが滑り降りる幹線道路と化す。

 
子どもたちのための特別に用意された空間があったわけではない。春になれば、満々と水をたたえるが、とりあえずは雀が落ち穂を拾うだけの田んぼとか、いずれは住宅が建ちならぶことになるが、それまでは使い道のない空き地など、そういう空間、場所を子どもたちは勝手に、自分たちのイマジネーションで遊び場にしていただけの話である。

自然もどきではなく、自然そのものの空間を

 ニュータウンというところは、今のところこれだけ緑に囲まれ、自然に恵まれているが、いずれこれらの緑、自然のほとんどは失われるだろう。整備とともに“つくられた自然”空間はどんどん増えていくだろうが、それと並行して本当の自然、緑は急速に失われていくのではないか。

 今日の
ハイテク技術に支えられた情報化社会にあっては、木を燃やして暖をとる技術や種もみから米を収穫するまでのプロセスは知らなくても、ガスコンロの使い方やインターネットで地方の農家からおいしい米を買いつける方法を知っている方が、日常の生活を送っていく上では有益で便利かもしれない。

 しかし、チャンバラごっこで野原や田んぼを駆け回っていた昔の子どもたちは、モノの豊かさでは今とは比べものにならないが、
自分たちのオリジナリティを自然の中で発揮し、身体のあちこちに切り傷や擦り傷をこしらえながらも、生き生きと毎日を過ごしていた。

 そういうスタイルを確保する空間だけは、いつの時代にも必要だと思う。

千葉ニュータウン新聞2000年2月15日付所載