[12]ぼんやり顔、回虫、水ッ洟

貧しさを象徴していた三つのシーン
 経済学者の飯田経夫氏が、
街の中に見るからにぼんやりした表情の人間が見られるか否かで、その国の文明度が測定されるという仮説を唱えている。

 われわれの子ども時代、あるいは飯田氏がこの指摘を行った十数年前の東南アジアなどでは、そうした表情の人間が見られたが、現代の日本および欧米諸国では街頭で観察していても、そうした顔の人間に出くわさない、それがその国の豊かさや文化の成熟度を測る、隠れた尺度になるのではないかというのが、飯田氏の問題提起だったように記憶する。その後アジア諸国も急速な経済発展を遂げ、今では街中の人々の表情も、飯田氏が描いたのとはだいぶ異なってきているが。

 タイトルのうち、回虫と水ッ洟は、この飯田氏の文章を読んで「なるほど」と思った私が追加した事例である。

 昔の子ども(大人もそうだったのかもしれないが)は、みな
お腹に回虫を飼っていた。子どもが腹痛だといえば、親はまず虫下しを飲ませた。その後衛生管理や食糧事情が飛躍的に改善されたおかげで、お腹の回虫はいつの間にかいなくなってしまった。

 子どもが始終水ッ洟を垂らし、
鼻水を拭った服の袖がテカテカしている姿も、高度成長期前の日本ではごくありふれた光景だった。現在の子どもは、顔も服装も清潔そのものである。水ッ洟というのも、子どもの栄養状態に関係があるらしいから、これも生活水準の向上によって、急速に姿を消していったのだろう。

豊かさの尺度は役人が決めるのではない
 飯田氏の指摘は、その当時(一九九〇年頃)よく耳にした「豊かさの実感できる社会に」というキャッチコピーへの反論として語られていた。

 このコピーは、当時の建設省などが新しい公共事業のコンセプトとして強調していたもので、それによると、日本は目覚ましい経済成長を遂げ、先進国の仲間入りを果たしたが、一般の国民は
「豊かさ」を実感できずにいる、だからこれからは一人一人が豊かさを実感できるような住環境、まちづくりなどを進めようというものだった。

 こういうキャッチコピーに胡散臭さを感じたのは飯田氏だけではない。私なども、こういう妙な言い方が巷に流れるようになった頃から、日本がおかしくなっていった感じをもっている。

 そもそも
「豊かさ」だの「幸せ」などというものは、そうめったやたらと「実感」などできるものではない。病んではじめて健康のありがたさが身にしみるように、九十年代以降霞ヶ関や永田町の多くの「失政」から、営々と築き上げてきた「豊かさ」が失われ、勤めていた会社がつぶれたり、リストラに遭った人たちこそ、十年ほど前の日本社会の豊かさを切実な実感とともに思い出しているにちがいない。

 どうしてもリアルタイムで「豊かさを実感」しなければ気が済まないのなら、ごく身近に、うんと貧しい、惨めな境遇の人間を置いて、その人間を観察しながら、サディスティックな悦びに浸るしかあるまい。

 いわゆる「
他人の不幸はわが身の幸せ」方式である。

自分たちがたどり着いた地平を正しく認識すべき
 「豊かさが実感できない」などという、歯の浮くような、大衆迎合的なキャッチコピーでもって、建設省の役人がロクでもない公共事業に血税を注ぎ込み続ける一方で、日本経済がたどり着いた地平、成果を十分認識することなく、無批判に「
グローバル・スタンダード」を受け入れ、「ものづくり経済」の基盤そのものをシロアリに食われるように、唯々諾々と浸食されていった戦略思考のなさ、国益意識の欠如こそが、いわゆる「失われた十年間」の正体ではなかったか。

 服の袖が水ッ洟でテカテカになっている子どもが、わずか数十年でいなくなってしまう、お金持ちの子どもだけでなく、日本全国の子どもがほんの数十年間でそういう変化を遂げてしまうというのは、世界史の中でも特筆すべきことだったのは明らかである。

 自分たちがものすごいスピードで豊かになっただけでなく、周辺のアジアの国々への直接投資や経済協力を通じて「ジャパン・モデル」を提供し、次々と
経済的な離陸を促した国というのも日本だけであり、ヨーロッパとアフリカ、アメリカと中南米との関係と見比べるならば、これもまた特筆すべきことである。

 本当は、日本が十分豊かになったことに皆が気づいていたのではないか。それが証拠に、すでにだいぶ前から国民の九割が「中流意識」をもっているという調査結果が何度も報じられていたのである。

 「豊かさが実感できる社会」・・この陳腐なキャッチコピーの裏に流れる「危険思想」の芽は、その後も衰えることなく出番をうかがっており、局面々々でいろいろな表現に形を変えては、われわれの議論をミスリードしようとしている。

 八十年代の「ジャパン・アズ・ナンバーワン」ふうの奢った議論も危険だろうが、一方で日本がみんなの努力で切り開いてきた地平を正当に評価しようとせず、やたらと自信喪失に陥り、自分たちの良い体質までもあっさり捨て去るかのような「
自虐的な」議論も、明らかに誤りである。

 自分たちがたどり着いた地平を皆で確認し、その
世界史的意義をきちんと把握した上で、次にどこへ向かうか、どっしりと腰を据えた議論をすべきだったし、現在もそうである。

月刊 千葉ニュータウン2002年10月12日号所載