[20]正月休み

日本人のDNAに深く組み込まれた正月

 戦後、生活の洋風化、都市化、多様化が進み、日本古来の風俗習慣が次々と洗い流されていくなかで、さすがに正月を祝う習慣だけは、大幅に簡略化、手抜き化されながらも、何とか生きながらえているようだ。そして、今後も手続きの簡略化、手抜き化は進むだろうが、正月に対するわれわれの感覚、底流部分での気持ちといったものは、それでもけっこうしぶとく生き残るのではないか。

 考えてみると、日本人にとって、
正月休みくらい手軽で効果的なリフレッシュ休暇はない。日頃、ドライなことを言ったり、悪ぶったりしている若者、生意気盛りの子どもたちも、元旦ともなると、ちょっぴり神妙な気持ちになったり、新しい一年を昨年と違う年にしたいとひそかに心に誓ったりする。今年こそは禁煙しようと決意するおとうさん、あまり家族に当たり散らすのをやめようと反省するおかあさん等々・・・・、家族も地域も社会全体も、去年のイヤなことを「水に流し」、新しい気持ちで新たな挑戦に向かうという、一種の「禊ぎ」効果が正月にはある。正月以外でこういう心理的効果を発揮する時期、イベントというのはちょっと見あたらない。

 たとえば、五月のゴールデンウィークや夏休みなど、もっと快適な季節、もっと楽しい行事はたくさん見つけられるが、それらの行事を通して正月のような清新な気持ちに切り替えられるという効能はない。楽しく遊ぶだけでは、気持ちをリラックスさせる効果はあるだろうが、リフレッシュ効果までは期待できない。

 「元旦の決意」が三日坊主で終わるかどうかは、小泉さんの公約と違って、あまり大したことではない。着目すべきは、
日本人の多くが正月になるとわりと素直に反省したり、身を慎んだりするという発想のパターンを共通してもっていることだ。そして、この発想のパターンは、年間を通していろいろな場面で顔をのぞかせ、社会的な行動の面にも陰に陽に影響している。

 「正月」は相当深く日本人のDNAに組み込まれているように思われる。

寝正月こそ正統な流儀

 
正月をきちんと過ごすことは、社会全体を元気づけ、企業の生産性を上げ、家庭や社会のモラルを高める効果がある。そのような観点から、「正月をきちんと休む」ことをもう一度皆で見直していいのではないだろうか。

 といっても、正月をきちんと過ごすというのはそれほど難しいことではなく、また何か特別ことを構える必要もない。いわゆる「寝正月」こそが、正月の「正しい」過ごし方であり、古来日本人のスタンダードだったと思われる。

 おせち料理というのは、暮れのうちに作り貯めておいたものを正月の七日くらいまで食いつなぐ、一種の保存食であり、正月の期間中家庭の主婦を家事労働から解放する意味合いがあったという。高度成長期に冷蔵庫、洗濯機等が出現するまでの主婦は、毎日休む間もなく働き続ける、(今と違って?)苛酷さ、勤勉さの象徴のような存在だったが、その
主婦さえもが家事から解放されるのが正月だったのである。

 家族全員が一種の「冬眠」状態に入り、腹が減ったらおせち料理を取りだして食べ、終わったらまた睡む・・・・、今ふうに言えば、
酸素消費量をできるだけ抑えた、極めてエコロジカルなスタイルの中、日常生活と少し異なったステージで、それぞれが来し方行く末を思いはかるのが「寝正月」の意味だったのではないだろうか。

 正月休みを終え、日常生活に復帰する境目のところで食べる「七草粥」が、正月の間ご馳走を食べすぎた「モチ腹」を消化の良い粥で癒すためだというのも、いかにも現代流の解釈であって、むしろ「断食(ファスト)」に近い状況の正月から日常生活に復帰するための
リハビリ食としてカユを食べたのではないだろうか。

 断食明け食(ブレイク・ファスト)として、スープやカユといった、胃にやさしい流動食を摂るのは、洋の東西を問わない。

質素で清新な寝正月を

 以上のようなことを考えつつ、独断と偏見で正月休みのランキングを発表すると・・・・。

 一家揃って豪華ホテルで正月をすごすのは
〈下の下〉、大手スーパーなどが元日から営業し、福袋目当ての客が殺到する光景は〈下の中〉といったところか。

 
さもしい精神が生み出したあさましい風景。正月くらい、ゆっくり休み、従業員も休ませた方が、年間を通してみれば生産性も上がるのではないか。これまで二日から営業していた某スーパーが、ある年元旦からの営業に切り替えたものの、正月全体での売上はそれほど変わらなかったという報告もある。

 これに対して、日頃の飽食・過食を絶ち、できれば軽い断食で心身を整えるのが
〈上の上〉、それがかなわぬまでも、できるだけ家で身体を休め、出かけるとしてもせいぜい近所の寺や神社に初詣に行く程度、その他の浮世の些事はなるべく怠けを決め込むという、〈上の下〉くらいの正月をすごしたい。

 もっとも、昨今のデフレ経済、リストラ横行の世相では、望むと否とに関わらず、〈上の下〉あるいは〈中〉くらいの正月休みを送らざるをえない人が次第に増えてきているかもしれない。ならば、豪華リゾートホテルから送られてきたDMのパンフレットを屑篭に放り込むとともに、
糖尿病に悩むおとうさんなどは、いっそ三が日の間「半断食」にでも挑戦したらどうだろうか。

 社会全体でみても、これほど深く日本人のDNAに組み込まれている正月をもっと積極的に評価して、家庭や社会教育の中にきちんと位置づけていくことで、得られるものは大きいと思われる。

 
正月は、日本人が理屈抜きで比較的素直でやさしい気持ちになる、希有な時間である。教育や企業活動の場で、そうした貴重な時間をうまく活用できれば、安上がりで効果的なリフレッシュ、覚醒、合意形成等々の機能を作りあげるのに貢献できるだろう。

 従業員の休みを取り上げて、元旦から営業するスーパーの経営者は、永年勤続社員へのリフレッシュ休暇制度など設ける以前に、従業員の意欲、やる気を最大限リフレッシュさせるのは正月休みであることに思いをいたすべきだと思う。

 正月は、日本人の精神の奥深いところで生きながらえているし、正月を特別な思いで迎える気持ちをもっている限り、上辺がどんなに変わっても
日本人は日本人であり続けるだろう。

 さあ、今年は正しく寝正月しようっと。

月刊 千葉ニュータウン(2003年12月13日付)所載